2008年08月15日

こんなに平和でいいのか!

TNSの教室がある九段下は東京のド真ん中。徒歩5分の場所に靖国神社があるため、教室の真下で警察機動隊と街宣車が大喧嘩している。その内容たるや、お粗末なもの。小中学生の口喧嘩よりもレベルが低い。

先日、放送作家の倉本聰先生が「テレビ局が視聴率だけを考え、現場が悪くなった」と嘆いていらっしゃった。そんなのは今に始まったことじゃないだろう。スポンサーによる広告費で番組を制作している以上、しかたのないことだ。

新聞を読まない若者が増えた。書籍・雑誌が売れない。これまた、至極当然のなりゆき。金さえ持っていれば、知識・情報がなくても生きていける。そんな日本を作ってしまった大人の責任である。

現代日本の一番の課題。それは格差をなくすことでも、社会保障を手厚くすることでも、経済発展を促すことでもない。ましてや改憲、増税・・・などを議論しているなんて時間の無駄。日本人は平和ボケしていると言われても致し方ないだろう。

尊敬できる大人を増やすこと。尊敬される大人になること。若い人たちが憧れる大人になること。そのような大人が少なくなってきていることが、日本の一番の問題点である。

そういった意味では、今回の北京五輪における北島康介は、ある種の手本とも言えるだろう。有言不実行の大人が増えている中で、言動一致の快挙を見事に成し遂げたからだ。

残念ながら、メダルに手が届かなかった、あるいは1回戦で敗退してしまった。ならば彼らはダメな大人なのか。決して、そうは思わない。ベストを尽くした結果が、芳しくなかっただけの話である。

ただ気になった発言もあった。柔道100キロ級1回戦で敗退した鈴木桂治選手が自身の不甲斐なさについて詫びたあとに「柔道を25年間やってきて・・・こんなもんか!」と言ってしまったことである。

それ言っちゃ、お終いでしょ。気持ちはわかるが、それをグッと飲み込むのが大人である。嘘でも良いから「やり切った。何も後悔することはない」と言い切ってほしかった。結果も大事だが、人が憧れるのは、その人の背中にだったりもする。彼は柔道のセンスは一流だが、その部分で一流になれなかった。残念としか言いようがない。
posted by CTA at 15:52| 日記

2008年05月06日

これが、私の生きる道

毎年のことだが、GWは卒業生と飲むことが多い。入社したてだったり、数年経っていたり、もうベテランの域に達していたりと、人それぞれだが、相変わらずマスコミ人は忙しいようである。そして毎回のように相談されるのが、仕事とプライベートとの兼ね合い。キャリアチェンジ、結婚、出産など、どのタイミングですればいいのか?正解もなければ不正解もない。何がよくて何が悪いのか。先になってみなければ、わからないことである。

それは就職先に関しても言えること。内定をもらった瞬間は、飛び上がらんばかりに狂喜乱舞していても、時間が経つに従い、本当にこの会社でいいのか。もっと自分に合う会社があるんじゃないか、と不安になるもの。しかし、それはマリッジブルーのようなもの。一旦、入社してしまえば、そんなことを考える余裕もないぐらい忙殺される日々を送ることになる。数年が経ち、ふと我に返って思う。

私の人生、こんなんでいいの?

いいかどうかはわからない。しかし自分がベストと思う選択を重ねてきた結果、今があるのだから、そこに疑問を持っても始まらないだろう。おそらく、もう一度人生をやり直しても同じような結果になるはず。だったら過去を悔いるのではなく、先の人生を、より有意義なものにしていくべきである。

先日、テニスプレーヤーのクルム伊達公子選手が、復帰緒戦をシングルス準優勝、ダブルス優勝という輝かしい成績で飾った。同世代の者としては、昔取った杵柄っていうのは本当なんだな〜と感慨深く思った。20代を懸命に生きてきた人間は、30代も走り続けられる。しかし20代を適当に生きてきた人間は、30代で苦労する。若いうちにしかできないことがあるはずだ。それを悔いなく実践する。そうすれば、きっと

私の人生、これでよかった!

と胸を張って言えるはずだ。
posted by CTA at 16:53| 日記

2008年04月22日

内定をもらった皆さん、おめでとう!

先ほどNHKの将来を背負って立つ看板キャスターhttp://www.nhk.or.jp/k-rasinban/message.htmlから、最近まったくブログの更新がなされていないとお叱りを受けた。そこで、ちょっとだけ更新(笑)

希望の会社から内定をいただけた4年生の皆さん、内定おめでとうございます。これからが本当の勝負だと思うけど、あと1年間、残された大学生活を有意義に過ごしましょう。

まだ就職活動を続けている4年生の方、自分にあう会社は必ずある。まだ、その会社に出会えていないだけ。そんなに焦る必要はない。まだ学生生活は、1年以上残されているんだから。

社会人として働いている卒業生諸君、たまには遊びにおいで。いつも顔を出してくれるメンバーは固定。意外な人からの連絡を待っている。現受講生に対して、現場の声を聞かせてあげてください。

これから就職活動を行なう予定のフレッシュマン。就職活動は、面白いぞ! 人生、思い通りにいかないことばかり。だからこそ、面白いぞ。予定調和の人生なんて、クリープを入れないコーヒーみたいなもんだ。って、古いか!(笑)

また気が向いたら更新するかも・・・ それよりも直接会いにきてくれれば、時間を取っていくらでも相手するよ。だからゴールデンウイークも教室開けます。

posted by CTA at 23:55| 日記

2008年01月30日

謹賀新年

本当に久しぶりのブログ更新。1ヶ月遅れで「あけましておめでとう」もないだろう。更新しなかった理由が特にあるわけじゃないが、あえて挙げれば発信したいことがなかったから。言いたいことは授業内や、そのほかの時間に十分伝えている。それでいいと思ったからだ。

最近の日本は発信したい人だらけ。自分の考えを人に話して共感してもらって安心したい人が増えている。それだけ自分に自信が持てないということなのだろうが。だったら私は、その考えを心行くまで聞いてあげたい。それで少しでも自信が持てるようになるのであれば。ただ私の場合、必ずしもすべてに共感するわけでなく自分の意見を述べさせてもらうので、やぶ蛇になることもあるだろうが(笑)

何の目的で働くのか。自分が何をしたいのか。わからない人が多い。社会人になっても、その答えに自問自答している人は少なくない。これだけ自由が横行し、選択肢があれば致し方のないことかもしれない。どうしても答えが出なければ、自分で勝手に目的を設定してみても面白いだろう。

たとえば金のために働く。そう割り切って1千万円貯める。それで使い道に困るようであれば、金のために働くのは辞めればいい。次に他人のために働く。自分を押し殺し、常に世のため、人のためだけを考えて働く。それに虚しさを感じ始めたら考え方を改めればいい。そうして、まずは頭に浮かんだことを実践していけば、少しずつ消去していけるだろう。

結果、何も残らなかったら・・・なんて心配するのは早計だ。やる前から失敗したら、どうしよう。何も得られなかったら、どうしよう。そんなことばかり考えていたら何もできない。やってみて違ったら悔い改めればいいのだ。まずは動く!

ちなみに私が、なぜ働いているかと言えば、自分のできることで社会や他人の役に立ちたい。早い話が、そこに尽きる。できない仕事を無理に引き受けて金を稼ごうとも思わなければ、自分の実力以上の仕事をしようとも思わない。いずれ自分が辛くなってくるだろうから。

いつか死ぬのならば、少しでも楽しんで仕事をしたい。それは誰しも共通の考え方ではないだろうか。無理、無駄、ムラをなくし、できることをコツコツとやる。そこに答えがあるように思う。

posted by CTA at 14:56| 日記

2007年09月24日

悩んでいない人はいない

最近、卒業生が続々と訪れてくださる。非常にありがたい話だ。これから就職活動をしようとしている現役生には刺激になるし、何よりも忙しい合間を縫って足を運んでくださることが嬉しい。これから就職活動が本格化してくるので、是非とも頻繁に訪れ、就活生を激励してあげてほしい。

さて現在マスコミで働いている人も、様々な悩みを抱えている。入社して間もなければ、なかなか自分の思うように仕事を任せてもらえない。また数年経てば、どのようなキャリアを積んでいこうか考え始める時期に差し掛かる。30歳を越えれば、本当に今のままでいいのかという新たな悩みも生まれてくる。

世の中が混沌としている現代において、自分の判断に絶対の自信を持つことは難しい。思いがけないハプニングや誘惑も多発する。選択肢も無数に存在し、何が正しいとも一概には言えない。そんな中、重要になってくるのがモチベーションの維持である。

では、どうすれば常に一定のモチベーションを持ち続けられるのか。最良なのは、自分がどうなりたいのか、どう生きたいのかという夢や目標を明確に持ち続けること。というのは簡単だが、本当にそれしかやりたくないの?と聞かれて自信を持って「ハイ」と即答できる人は少ないだろう。

人間だれしも多かれ少なかれ迷いがある。それを払拭するのは至難の業だ。逆にまったく迷いがない人間なんていないのだから、あって当然!と開き直ってみてはいかがだろうか。明日が、どういう日になるかなんて誰にもわからない。ましてや自分の選んだ道が本当に正しかったかどうかなんて、先になってもわからない。

安倍さんだって1年後に、まさかこうなるとは思いもよらずに首相になったはずだ。福田さんにしても周囲に担ぎ出された感が強い。本心は、どうなのか。それは彼自身しかわからない。結局、自分の気持ちは自分にしかわからない。だとしたら、その気持ちに素直になるしかない。

他人の目を気にして自分の気持ちに嘘をついて思わぬ結果を招いたら、悔やんでも悔やみきれない。しかし自分の気持ちに正直になったうえで、望むような結果にならなければ、それはいたし方がないことだ。

後悔しない人生を送る。結局は、その一語に尽きるのかもしれない。
posted by CTA at 17:34| 日記

2007年09月08日

驕りは禁物。勝って兜の緒を締めよ。

TNS受講生伝統のM1グランプリが開幕。過去出場者は、いずれも3回戦まで進出している。そしてテレビ朝日や朝日放送などに入社。今や押しも押されぬ局の看板社員として活躍中である。

昨日、東京での初戦が行われ、見事に参加138組中16組に入り、第1回戦を突破。11月初頭に行われる第2回戦に進むこととなった。お笑いブームのピークは過ぎたと言われているが、参加人数は毎年増え続けており、今年は4000組を超えることは間違いないだろう。

お笑いの舞台に立つことと就職活動の面接は、よく似ている。短時間で評価されるため、強烈なインパクトを残さなければならない。また「緊張するな」と言われても平常心で臨むのは難しい。そんな中を勝ち抜くためには練習が不可欠だ。慣れていくしかない。

M1の3回戦まで進むような人たちは、同じネタを1000回以上繰り返し練習している。同じく就職活動で内定をもらえる人たちは、自分の言っていることに飽きてくるまで面接練習を行っている。まさに血の滲むような努力である。

そこまでしなければ3回戦に進めないのか。内定がもらえないのか。いや、中には運だけで内定がもらえてしまった人がいるかもしれない。要領よく切り抜けられた人もいるだろう。しかし人生、最後まで運で何とかなるほど甘いものだとは思わない。

偉業を成し遂げた人のインタビューで「私は運がよかった」「強運の持ち主です」という言葉を耳にすることがある。おそらく謙遜半分、本音半分だろうが、彼らに共通することは

陰で他人の何倍もの努力をしていた  という事実である。

あと1ヶ月もすれば日テレを皮切りに、就職活動が本格稼動する。みんなが一斉に動き出す前に、どれだけのマージンを築いておくか。また余裕を持って挑める状態にしておけるか。大事なことである。今は景気がいいから、何とかなるだろうという甘えは禁物だ。

秋試験を受験している人たちは、そろそろ正念場に差し掛かっている。現実の厳しさを嫌と言うほど目にしてきたはずだ。驕ることなく真摯な態度で明日の毎日新聞社、NHKの試験に挑んでほしい。健闘をお祈りする。
posted by CTA at 16:40| 日記

2007年07月27日

選挙は、オリンピックではない。

7月29日は参議院選挙。結果は、おおかた予測がつく。こんな馬鹿げた選挙について、評論家気取りで、ああだ、こうだとは言いたくない。だから、あえて選挙前に一言述べておく。

マスコミで働いている人たちは、一体何がしたいの?

自民党の揚げ足ばかり取って、民主党圧勝の参院選と報じまくる。そんな茶番劇に付き合わされる国民は、たまったもんじゃない。前回の衆院選では小泉劇場と、さんざん持ち上げ、形勢不利と見るや、一斉にこき下ろす。いじめの構図、そのものだ。

年金問題対策、憲法改正議論、教育改革。どれを取っても自民党のやっていることはお粗末極まりない。しかし代わりに民主党がしたのか。机上の空論をでっち上げるだけなら誰にでもできる。守られたことのないマニフェストなんて、何の意味も持たない。

国民の政治に対する関心は年々薄れている。政治家に対する不審は募るばかりだ。「選挙に行こう」と呪文のように唱えるのではなく、何のための選挙なのか、なぜ選挙に行くべきか。マスコミは、そのことを国民に真剣に説明する義務がある。

青春時代に貧困を経験した50代、60代にとって、裕福な暮らしをすることは最重要課題だった。先立つものは、まずお金。その考え方が染み付いてしまったのはしかたがないことである。しかし生まれたときからモノが溢れ、贅沢に慣れ親しんできた若者にとって、お金は快楽を手に入れるための手段であって、一番大切なものではない。

彼らが心底求めているものは生き方の手本であり、目指すべき目標であり、精神的充足感である。それを身を持って教えていくのが大人の役目であり、マスコミが本来果たすべき役割である。それを履き違えている大人やマスコミの責任は極めて大きいと思う。

このような愚痴を、私がいくらこぼしたところで社会は一向によくならない。自分の役割をまっとうするしかない。そして、私の考えに賛同してくれた若者たちが、自分たちの未来を少しでもよくしていこうと奮起してくれることに期待するしかない。

政治家に任せていても、この国は何も変わらない。誰かが何かしてくれるのを待っていても、誰も何もしてくれない。自分の手で切り拓き、自らが動いて変えていくしかない。そんなのカッタルイ、メンドクサイ。そう思うなら、やらなければいい。だが、あなたは何のために生きているのか。

いつか訪れる死を指折り数えて待っているだけなら、すでに死んでいるも同然だ。生きている実感がほしければ、それが味わえるようなアクションを起こすべきである。
posted by CTA at 15:15| 日記

2007年07月17日

みんなで支えあおう!

7月16日(月)午前10時13分 新潟県中越沖で推定マグニチュード6.8の大規模地震が発生した。現時点での死者は9名。被害者は12,000名以上に上る。まずは亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方に対してお悔やみを申しあげたい。

ところで2004年末に発生したスマトラ沖地震の救援に元F1レーサーのミハエル=シューマッハが10億円以上の義捐金を送付したニュースは記憶に新しいと思う。それ以外にもビル=ゲイツ、サンドラ=ブロック、スティーブン=スピルバーグ、レオナルド=ディカプリオ、ぺ=ヨンジュン、松井秀喜など各界の著名人が多額の義捐金を送っている。

それだけの稼ぎがあるから出来ること。そう言われてしまえば返す言葉もないが、私たちだって1万、2万であれば送ることは可能なはずだ。果たして集められた義捐金が何に使われているのか疑問だ。その気持ちもわからないではない。しかし、ここは素直に信じて送金しようじゃないか。

私はボランティアは、あまり好きではない。どこかで「してあげている」という上から目線を払拭しきれない気がするからだ。しかし義捐金であれば、いつか自分が同じような被害にあったときの積立金という考え方もできる。普段は他人に対して無関心を装い、自分が被害者になったときだけ他人の施しを期待するのはフェアーじゃない。「情けは他人の為ならず」ではないが、いざというときに自分が助けてもらいたければ、日頃それだけのことを他人にしておくべきだ。

今回の参院選の争点の1つとなっている年金問題にしても、一昔前は「お年寄りを支えるための保険」という触れ込みだったはずだ。それが、いつの間にか「自分が老後に生活していくための積み立て保険」に変わってしまっている。自分に直接関係のないことには無関心という現代人の特徴を反映しての変化だろうが、逆に個人主義を助長させる結果につながっている気がする。

現代人はドライで希薄な人間関係しか築けない。そう嘆く前に、「熱くなるのはダサいこと」という社会の風潮を変えていくべきである。「助け合い」や「寄り添い」は偽善者や弱い者が使う言葉。そんなふうに割り切るのではなく、臆することなく協力しあえるのが日本人のよい点と前向きに捉えよう。

そうそう。今回の中越沖地震に関する義捐金の送付先は、まだ発表になっていないが、郵便局の窓口から手数料無料で送れる。毎月1,000円ずつ小分けにして送ることだってできる。同じお金を使うなら、喜んでいる顔の見える相手に使いたい。そう思う気持ちを抑えて、ささやかな心遣いをしてみよう。きっと、少し得した気分になれるはずだから・・・
posted by CTA at 14:02| 日記

2007年06月14日

他人を幸せにできる人になろう

留学を志半ばにして断念。帰国後待ち受けていたものはカードローン地獄。大して言葉も喋れるようにならず、収穫はステキな外国人とのアバンチュールな思い出と日常生活では使えないスラング。いったい私は駅前に何をしにいったのか?

語学学校の杜撰経営は、今に始まったことではない。これまでにも幾多もの学校が出来ては消えを繰り返している。突然、跡形もなく姿を消し、受講生は連絡すら取れない。前払いした100万円はローンに形を変えただけ。これって、もしかしたら新種のローン詐欺では・・・

経営者は何のためにビジネスを始めようとしたのか。そして社員は、なぜ入社しようとしたのか。全員が金儲けという1点で目的が一致していると言われたら、それまでだが、自分が金銭的に豊かになるためであれば他人のことなど、どうでもいいと言うのか。

人間誰しも幸せになりたいという共通認識を持っている。だが自分が幸せになるために他人を不幸に陥れてもいいのか。それは違うはずだ。皆が自分の幸せだけを願うから、世の中の秩序が乱れる。まずは他人の幸せを第一に考えてみては、どうだろうか?

どうしたら他人を幸せにできるのか。それを考えて日々行動していれば、必ず誰かしらから幸せのお裾分けが返ってくる。それを期待して自分の利益にならないことをやれと言うのか! まさしく、その通りである。損して徳取れの精神だ。

しかし、あからさまに見返りを期待してはいけない。無償の愛こそが、自分がもっとも幸せになれる最高の手段である。嫌いな人に無償の愛を提供できるのか。できなければ好きな人を探せばいい。嫌いな人を好きになる努力をすればいい。

他人を信じるのは勇気の要ることだ。だが、こちらが信じていないのに、相手が信じてくれようか。1回だけなら騙されてもいい。その覚悟で他人を信じてみることが必要だ。本当に騙されて傷つくことがあるかもしれない。それでもいいじゃないか。

傷ついた分だけ人間的に大人になれる。そして、また傷つくことに対する免疫ができる。だからTNSは会費後払いでもまったく構わない。学生時代はお金がなくても、いつか払ってくれることを信じているからだ。きっと相手も、そう考えているに違いない。

信頼関係は、そうして作られていくものだと思う。他人を騙して自分だけおいしい思いをしようとすると、いつか報いがやってくる。そのとき周囲は助けてくれない。自業自得だ。

今の世の中、人間関係が希薄になっていると言われている。私は、必ずしもそうは思わない。希薄な関係を望んでいるからこそ、どんどん希薄になっていくのだ。私は常に濃厚な関係を築こうと心がけている。ときには、それがウザイと思われようが(笑)
posted by CTA at 13:38| 日記

2007年05月31日

内定獲得 おめでとうございます

今年も、ほぼ就職戦線は終了した。売り手市場と叫ばれているわりには、マスコミはそれほどでもなかった気がする。その中で、TNS受講生はよく善戦したな〜と改めて思う。内定をいただいた皆さん、おめでとうございます。近々、内定者祝勝会を行いましょう。

さて、以前お世話になったことのあるマスコミ予備校最大手の早稲田マスコミセミナーが33年の歴史に幕をおろすこととなる。大日本印刷に引き継がれるため学校自体はなくならないが、事実上の倒産と言ってもおかしくないだろう。

少しだけの時期ではあるが働かせていただいた場所がなくなるのは淋しいことである。経営者の成川豊彦氏とセミナー長の大熊明俊氏には心から感謝している。今の私の礎を築いてくださったことは間違いないからだ。

経営のまずさや受講料の高さが納得できず、最後までお世話になることができなかったが、このような形になってしまうと、たとえどれだけ言い争おうが、最後まで自分の意見を主張すべきだったのではと多少の後悔が残る。

1974年に会社を設立し、30年余で社員300人強、売上50億円以上の企業に育てあげたことは尊敬に値する。自分には、とても真似できない偉業である。それに比べたら、私なぞはひよっこ同然、足下にも及ばない。

今からどれだけがんばっても、そこまで行けるとは思わない。その前に、行こうとも思わないのだが・・・ 彼らから学んだことは多々ある。それを今に生かしている。ある種、反面教師としてであるのだが(笑)

会社は利益追求の場である。だからこそ、できるだけ儲けて会社を大きくし、儲かった部分を税金という形で社会に還元する。それが従来のスタンスであろう。しかし、私は身近な人に還元したいと考えている。

卒業生からいただいたお金で利益の出た分は、在校生に還元し、その分、受講料を安くする。そうすることで、少しでも安心して通いやすい場所にする。と同時に、受講料の支払を最大初ボーナスまで待ち、学生の生活を脅かさないようにする。

逆に、そうすることでお互いに信頼関係も生まれ、卒業後も人間関係を継続することができる。また嬉しいことに卒業生が同じ意志を受け継いでくださり、何の見返りも期待せずに後輩の面倒を見てくださる。そのことには本当に頭の下がる思いだ。

このようにしてお互いのネットワークができつつある。まさにTogether Network Serviceの実践である。自分のやりたいと思ったことが、少しずつ形になってきている気がする。

夢は、すぐには叶わない。そこまでの道のりは長く苦しいものに違いない。しかし諦めなければ、いつか夢は現実に変わる。その前に、夢は明確な目標となり、その目標を達成するための現実的なプランを描けるようになるのだ。

先日、ZARDの坂井泉水さんが亡くなられた。闘病生活をしていただけに不慮の事故は残念でならない。彼女は自身の曲の中で「負けないで」と歌った。まさしく、それを自分が実践しようとしていた矢先の出来事だけの残念でならない。ご冥福をお祈りする。

彼女の曲に勇気をもらって、もう一度がんばろうと奮起した人も多いはずだ。諦めたら、その瞬間に夢はついえる。そう言えば、以前に「負けないこと 逃げ出さないこと 諦めないこと それが大事」と歌ったグループがいたな〜 いったい彼らは、どこへ行ってしまったのだろう(笑)
posted by CTA at 15:33| 日記

2007年03月31日

卒業&就職 おめでとう!

新社会人諸君、卒業おめでとう。そして就職おめでとう。

いよいよ明後日から社会に出るわけだが、最初は誰しも好きなことはやらせてもらえない。それどころか描いていた理想とは大きく掛け離れ、「話が違う!」と叫びたくなることも多々あるだろう。

その気持ちは痛いほどよくわかる。だが最初は何事も辛抱だ。右も左もわからない青二才を雇ってくれ、さらに生活の面倒まで見てくれる。それなのに「やりたいことをやらせてもらえない。契約違反だ」というのは、お門違いも甚だしい。

やりたいことをやらせてもらいたければ、まずは会社にそれだけの貢献をすべきだ。それだけの利益をもたらすべきだ。会社にとって必要不可欠な人間にさえなれば、黙っていても会社は、やりたいようにやらせてくれる。

それまでに何年かかるかわからないが、しばしの辛抱だ。その根性すらない人間は、どこに行っても務まらないだろう。いろいろと会社に対する不満はあるだろうが、まずは3年。せめて2年は、その会社に勤めてみよう。きっと何かが得られるはずだ。

石の上にも3年。3年経てば状況も環境も考え方も何もかもが変わっているはずだ。ときには我慢も勉強のうち。そう信じて自分の選んだ会社に賭けてみよう。どうしても耐えられなければ、そのときはまた相談に来たらいい。いつでも気軽に話を聞くから(笑)
posted by CTA at 23:29| 日記

2007年01月22日

「あるある」は、実は「ないない」だった

視聴者や関係者の信用を裏切ることとなり、深く反省し、おわびします。

1月21日(日)21時 フジテレビ系列の局で、このようなお詫びコメントがあった。その後、放送されるはずだった「発掘!あるある大事典U」は放送を休止した。代わりに通常22時から放送されるはずの「スタ☆メン」が1時間繰り上げスタートとなった。

放送局のやらせは、今にはじまったことではない。また出版社のちょうちん記事や新聞社によるバーター記事(広告費をもらって広告を出稿してもらうかわりに、その企業のイメージがよくなるような記事を書く)も日常茶飯事だ。昨今、騒がれている利益至上主義の姿勢が変わらない限り、なくなることはありえない。

ここで問題にしたいのは、その部分ではない。反省もしていないし、お詫びする気持ちもないのに体裁だけ繕うのは、どうかということだ。例を挙げると、賞味期限切れの商品の包装紙を新しいものに取り替え、製造日時と賞味期限を変えて出すようなものだ。これは軽く詐欺行為ではないのか。以前、学歴詐称で議員バッチを取り上げられた人がいたが、同じようなもんではないだろうか。

昨今は、ものだけでなく企業にしろ人にしろイメージがすべての時代。イメージのよい人は、多少ひどいことを言っても許されるし、逆に最初からマイナスイメージを持たれている人は、ちょっと突飛なことを言った瞬間に変わり者扱いだ。

数年前、「本物の時代」と叫ばれた時代があったが、結局のところ本物そっくりのまがい物が増えたことにより、何が本物なのかが一層見えにくくなった気がする。今、我々に求められているのは、そこをしっかりと見抜く目である。

「騙される奴がバカ」という言葉がある。何と言う勝手な発言だと思っていたが、そうも言っていられない時代になっている。メディアリテラシー(メディアの発する情報の真偽を読み解く力)が不可欠になっている。くれぐれも情報に踊らされないように注意してほしい。
posted by CTA at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年01月02日

謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いします。

今年も、これまで同様、精力的に様々なイベントを行っていきたいと思います。
またイベントだけでなく、本業のほうにも当然ながら力を入れるつもりです。

今年もTNS受講生全員が希望の会社に内定できるようご指導させていただきます。

なお昨年末に戦後史について知りたいという要望がありましたので、簡単にまとめました。参考までにアップしておきます。ご活用ください。

1945(昭和20)年
8月15日 ポツダム宣言にて終戦
8月28日 東久邇宮稔彦首相が記者会見で「全国民が総懺悔することが、わが国再建の第一歩であると信ずる」と述べる。これを『一億総懺悔』という。
10月 5日 マッカーサーによる「政治的・宗教的・民権の自由に関する覚書」に東久邇宮内閣はショックを受け内閣総辞職。
10月 9日 幣原(しではら)幣原喜重十郎内閣誕生
10月11日 GHQが五大改革(女性の解放・労働者の団結権・教育の自由化・専制政治からの解放・経済の民主化)を指令。
11月 6日  GHQが財閥解体を開始。
12月17日 衆議院議員選挙法が改正され女子にも選挙権が与えられる。日本初の完全普通選挙制度を確立。
12月18日 衆議院解散を受け、GHQ解散

1946(昭和21)年
 1月 1日 天皇による人間宣言 天皇神格化否定の詔書
 4月22日 幣原内閣総辞職
 5月22日 第1次吉田茂内閣誕生
12月30日 6・3・3・4教育制度採用

1947(昭和22)年
 3月31日 衆議院解散 「憲法解散」
 4月30日 憲法施行を前に枢密院・皇族会議・大審院が事実上幕を閉じる
 5月 3日 日本国憲法施行
 5月20日 吉田内閣、憲法第70条により総辞職
 6月 1日 片山哲内閣(社会党)誕生 社会・民主・国民協同3党連立政権

1948(昭和23)年
 2月10日 片山内閣総辞職(社会党内部の左右対立)
 3月10日 芦田均内閣(民主党)誕生 社会・民主・国民協同3党連立
 5月25日 昭和電工疑獄事件発覚 昭和電工社長日野原節三を商工省への贈賄容疑で逮捕
 8月     三井信託→東京、三菱信託→朝日、住友信託→富士、安田信託→中央と改名し銀行業務の兼営を開始。
9月13日 東京地検、大蔵省主計局長福田赳夫(後の首相)を収賄容疑で強制収容
10月 7日 芦田内閣総辞職
10月19日 第2次吉田内閣(民主自由党による少数与党内閣 '48年3月自由党に民主党幣原派が合流)
11月12日 極東国際軍事裁判(東京裁判)、東条英機ら7人絞首刑宣告、A級戦犯35人(岸信介、児玉誉志夫、笹川良一ら)全員有罪宣告(天皇の戦争責任免責)
11月28日 法務政務次官田中角栄、炭鉱国営疑獄に連座→次官辞任(その後の控訴審で無罪判決)
12月 7日 芦田均逮捕(前首相の逮捕は、1885(明治18)年12月22日に日本の内閣制度が発足して以来初)
12月23日 東京・巣鴨拘置所で戦犯7人の死刑執行
12月23日 衆議院本会議内閣不信任案を可決→衆議院解散(憲法第69条・第7条解散)=『なれあい解散』→ '49年1月総選挙→与党=民主自由党大勝→吉田『ワンマン』=独裁者という和製語。

1949(昭和24)年
1月23日 第24回衆議院議員総選挙(民自党圧勝・共産躍進)・最高裁判所裁判官初の国民審査(憲法第79条2項)
2月16日 第3次吉田内閣(民主自由党と民主党連立派との連立内閣)
 3月 7日  ドッジライン設定 1ドル=360円の単一為替レート
5月 9日 予讃線事件
6月     国鉄(現JR) 専売公社(現日本たばこ)発足 それによる大量の人員整理が原因で下山事件、三鷹事件、松川事件などの謀略事件が起こる。

1950(昭和25)
3月 1日 自由党が発足 民主自由党と民主党連立派の合同、総裁に吉田茂
6月25日 朝鮮戦争勃発 これにより朝鮮特需景気が起こり日本経済は息を吹き返す
7月24日 GHQが新聞協会代表に共産党員と同調者の追放を勧告 以後レッドパージの嵐が吹き荒れる
8月10日 警察予備隊発足
11月30日 トルーマン、朝鮮戦争で原爆使用もありうると記者会見で発言
12月 7日 池田勇人(後の首相)蔵相が参議院法務委員会で労農党木村禮八郎の質問に「古来の慣習によって所得の多い者は米本位、所得の少ない者は麦本位というように致したい」と答弁。「貧乏人は麦飯を食え」ということで国民の反発を買う。池田暴言

1951(昭和26)年
4月11日 米大統領トルーマンがマッカーサーを解任。マッカーサーの2000日が終わる
5月     毎日新聞社・朝日新聞社・読売新聞社・電通の4社でラジオ東京(現TBS)を設立。日本発のCM入り放送開始
6月 3日 NHKが初のテレビ実験実況中継を行う(ラジオ放送開始は大正14年3月)
7月10日 朝鮮戦争休戦
9月 4日  サンフランシスコ講和会議開始
9月 8日 対日平和条約・日米安全保障条約(サンフランシスコ講和条約)調印
10月24日 社会党臨時大会、講和・安保両条約を巡り左右に分裂

1952(昭和27)年
4月28日 対日平和条約・日米安全保障条約発効 GHQ廃止
5月 1日 メーデー事件、デモ隊に警官発砲 死者2人、検挙者1,230人
8月     日本電信電話公社(現NTT)発足 
8月13日  IMF(国際通貨基金)世界銀行(国際開発銀行)に加盟 日本総務は池田勇人蔵相
8月28日 吉田首相憲法第7条を根拠に衆議院を抜き打ち解散
10月 1日 第25回衆議院議員総選挙 自由党240人、共産党全員落選
10月30日 第4次吉田内閣(鳩山派分裂をさけ、吉田と妥協)
11月27日 池田通産相、衆議院本会議で「中小企業の倒産から自殺する者があってもやむをえない」と発言。この発言に野党は翌日、池田不信任案を提出→鳩山派25人欠席で可決→29日池田辞任

1953(昭和28)年
2月 1日 NHKテレビの本放送開始 テレビ時代の幕開け
2月28日 吉田首相が衆議院予算委員会右派社会党西村栄一議員の「首相は国際情勢は好転しているといったが、その根拠は何か」との質問に、「−−米英首脳もいっている」と答える→西村さらに「−−日本の総理大臣に聞いている。翻訳を承っているのではない」と追及→吉田「−−日本の総理大臣として御答弁いたしたいのであります−−」→西村「総理大臣は興奮しない方がよろしい。別に興奮する必要はないじゃないか」→吉田「無礼なことをいうな」→西村「質問しているのに何が無礼だ−−日本の総理大臣として答弁しなさいということが何が無礼だ」→吉田「ばかやろう」と発言→西村「何がばかやろうだ。ばかやろうとは何事か−−取消しなさい−−」→吉田「私の言葉は不穏当でありましたから、はっきり取消します」(『衆議院速記録』より)
3月 2日 衆議院本会議、国会史上はじめて首相の懲罰動議可決→野党内閣不信任案提出
3月 5日 スターリン死去=株価大暴落
3月14日 不信任案可決→衆議院解散=「バカヤロー解散」
4月19日 第26回衆議院議員総選挙→左派社会党躍進=「拒否された再軍備」
5月21日 第5次吉田内閣(少数与党内閣)
8月28日  日本初の民放 日本テレビ放送網開局(初代社長 正力松太郎 元読売新聞社社長)
9月27日 保安隊から自衛隊に改名
11月 3日 吉田首相衆議院予算委員会で「自衛隊は憲法内での軍隊。しかし戦力ではない(戦力なき軍隊)」と答弁→「○○なき○○」は、この年と翌年の流行語となる

1954(昭和29)年
1月 1日  デノミネーション 銭の廃止 最低通貨単位を1円とする
 8月12日  日本がGATT(関税と貿易に関する一般協定)に加入を承認される 翌年9月に正式加盟
11月     神武景気(〜1957年6月までの31ヶ月間)
11月24日 日本民主党結成(総裁鳩山一郎)
12月 6日 民主党と両社会党、共同で内閣不信任案提出
12月 7日 吉田内閣総辞職
12月10日 第1次鳩山一郎内閣誕生
        三種の神器・・・電気洗濯機・電気冷蔵庫・白黒テレビ

1955(昭和30)年
1月24日 衆議院解散(本会議の質問の途中で解散詔書が朗読される)「天の声解散」
3月27日 第27回衆議院議員総選挙
3月19日 第2次鳩山内閣(民主党単独少数内閣)
10月13日 左右社会党統一により日本社会党成立、委員長鈴木茂三郎、書記長浅沼稲次郎
11月15日 自由・日本民主両党合同(保守合同)により自由民主党結成、初代総裁鳩山一郎
12月22日 第3次鳩山内閣(改憲と小選挙区制問題で保革激突時代到来)

1956(昭和31)年
7月17日 経済企画庁「経済白書」で、「もはや戦後ではない」と新た経済目標提示(「日本経済の成長と近代化」)→高度経済成長の出発を宣言
7月24日 『毎日新聞』が「暴力団新地図」の連載開始→「暴力団と政治家の癒着」を報道する(8月30日まで)
10月19日 日ソ共同宣言と日ソ通商航海議定書調印→北方領土問題が取り残される
11月 2日 鳩山首相、日ソ共同宣言調印を機に引退を表明
12月 5日 冷害地帯で娘の身売りが激増
12月14日 自民党大会で総裁選出選挙→上位2人の決戦投票の結果、石橋堪山が7票差で岸信介を破り、自民党第2代総裁に当選
12月18日 国連総会で日本の国連加盟可決
12月20日 鳩山内閣総辞職
12月23日 石橋湛山内閣(自民党派閥政治の幕開け)誕生

1957(昭和32)年
2月23日 石橋内閣総辞職(石橋病気の為→野人宰相=63日間の無念)
2月25日 第1次岸信介内閣誕生
6月21日 日米首脳会談=日米共同声明→「日米新時代」へ
10月 1日  日本が国連安全保障理事会非常任理事国に当選
12月 6日  日ソ通商条約調印

1958(昭和33)
4月25日 憲政史上はじめて衆議院を岸と鈴木社会党委員長との話し合いで解散「話し合い解散」(国民に信任を問うことなく丸3年、鳩山→石橋→岸と内閣の交代が続いた)
5月22日 第28回衆議院議員総選挙 55年体制下の初選挙 自民287人、社会166人、共産1人 投票率76.997%で戦後最高
6月12日 第2次岸内閣
 6月     岩戸景気(〜1961年12月までの42ヶ月間)

1959(昭和34)年
4月10日 皇太子昭仁(平成天皇)と正田美智子さんがご結婚
11月27日 安保改定阻止国民会議第8次全国統一行動で2万人のデモ隊、国会構内に入る→以後、安保反対闘争の嵐が全国で吹き荒れる→「60年安保闘争」=戦後最大の国民行動に発展

1960(昭和35)年
1月24日 民主社会党(社会党から離脱) 結成=委員長西尾末広
5月14日 安保改定阻止国民会議第2回国会請願デモ=10万人
5月20日 全学連主流派→首相官邸に乱入、警官隊と衝突
6月10日 アメリカ大統領新聞係秘書ハガチー、東京・羽田でデモ隊に包囲され、ヘリコプターで脱出(ハガチー事件)→アイゼンハワー米国大統領訪日中止
6月14日 三井三池炭鉱で労使激突(「海戦」)→「去るも地獄、残るも地獄」
6月15日 安保改定阻止国民会議第18次全国統一行動、全国で580万人が参加→全学連主流派4,000人国会構内に突入、機動隊と激突、東大生樺(かんば)美智子さん死亡、負傷者1,000人以上(「6・15事件」)
6月19日 午前零時、安保改定自然承認
6月23日 新安保条約発効=岸首相退陣表明
7月15日 岸内閣総辞職
7月19日 第1次池田内閣(第4代自民党総裁池田勇人→低姿勢内閣=「寛容と忍耐の精神」→所得倍増計画=10年で所得を2倍にする→憲政史上初の女性大臣誕生=中山マサ厚生大臣)
10月12日 日本社会党委員長浅沼稲次郎、右翼テロで暗殺される→暗殺現場、テレビで生中継
10月24日 衆議院解散→「安保解散」=「与野党間のまれにみる『暗黙の了解』による整然とした解散」
11月24日 第29回衆議院議員総選挙
12月 8日 第2次池田内閣
12月27日  国民所得倍増計画を発表

1961(昭和36)年
 7月18日 田中角栄が自民党政調会長に就任
 8月     ジャパンファンド設立
12月     割賦販売法施行 クレジット時代の幕開け
12月26日 選挙制度審議会第1次答申
12月27日 選挙制度審議会第1次答申に対する政府の姿勢を不満とし審議中止

1963(昭和38)年
 2月 1日  東京都の人口が1000万人に達する
10月 1日  NHK総合テレビが全国放送を開始
10月23日 池田内閣 衆議院解散⇒「ムード解散」
11月21日 第30回衆議院議員総選挙
11月22日 ケネディ暗殺
12月 9日 第3次池田内閣(閣僚全員留任・九頭竜川ダム疑惑)

1964(昭和39)年
10月 1日 東海道新幹線開業→大量・高速輸送時代の幕開け
10月10日 東京オリンピック開催
11月 9日 池田内閣総辞職
11月 9日 第1次佐藤内閣(第5代自民党総裁に佐藤栄作=「寛容と調和」)

1965(昭和40)年
2月 7日 米空軍機北ベトナムのドンホイを爆撃→史上最大の破壊戦争→日本ベトナム戦争の基地
5月29日  山一證券救済のために田中角栄蔵相が日銀特別融資を発表 累積赤字282億円
6月 3日 田中角栄、自民党幹事長に就任
6月12日 東京教育大学教授家永三郎、教科書検定は違憲として提訴→『家永訴訟』
10月     いざなぎ景気(〜1970年7月までの57ヶ月間 戦後最長)
1966(昭和41)年
 1月19日  昭和40年度財政処理特別措置法を発令
 1月29日  初の赤字国債2590億円を発行→多額借金体制の始まり
8月 5日 東京地検、自民党衆議院議員田中彰治を恐喝・詐欺容疑で逮捕=「政界の黒い霧」→「金権政治・モラルの低下」=長期保守単独政権が生んだ「積年の病弊」
12月27日 相次ぐ疑惑問題で国民の政治不信は極限→衆議院解散=『黒い霧解散』
       新三種の神器 クーラー カラーテレビ 自家用車

1967(昭和42)年
1月29日 第31回衆議院議員総選挙、公明党25人当選(国会のキャスチングボートを握る)、自民党得票率50%を割る→多政党時代始まる
2月17日 第2次佐藤内閣
4月15日 社・共両党推薦の前東京教育大学教授美濃部亮吉、自民・民社両党推薦前立教大学総長松下正寿を破り東京都知事に当選→革新都政誕生
7月     公害対策基本法制定 4大公害病「イタイイタイ病」「四日市ぜんそく」「水俣病」「新潟阿賀野川水俣病」
8月 3日 公害対策基本法公布→『公害列島ニッポン』

1968(昭和43)年
4月23日 日本大学で20億円の使途不明金発覚→日大闘争の始まる→『大衆団交』→9月30日、日大両国講堂に1万人の学生が集まり、団交は12時間及んだ→全共闘運動(日大全共闘秋田明大= あけひろ議長、全共闘運動の象徴的人物となる)→全国の大学で学園紛争吹き荒れる→スチューデント・パワー
11月23日 東大駒場祭に「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」とのポスターが登場→流行語に
12月10日 『3億円事件』(東京・府中)発生→誤認逮捕と報道機関の勇み足→時効成立



1969(昭和44)年
1月19日 警視庁機動隊、東大安田講堂の封鎖実力解除=全共闘学生と機動隊激突→767人逮捕、616人起訴、一審では133人が最高懲役4年の実刑、12人が無罪となった→東大安田砦の攻防→東大入試中止
7月20日  人類初の月面着陸 アポロ11号
12月 2日 佐藤内閣 衆議院解散⇒「沖縄解散」
12月27日 第32回衆議院議員総選挙、社会党44議席を失う

1970(昭和45)年
1月14日 第3次佐藤内閣(最長不倒距離を記録した佐藤政権最終の内閣)
3月14日 日本万国博覧会(大阪万博)開会
6月22日 日米安保条約自動延長
8月     赤軍派による よど号ハイジャック事件
11月25日 三島由紀夫、東京・市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で割腹自殺

1971(昭和46)年
6月17日 沖縄返還協定調印
7月30日 全日空機と自衛隊機が雫石上空で空中衝突→双方墜落
 8月16日  ドルショック 固定相場制→変動相場制への移行
11月24日 衆議院本会議「非核三原則」を決議
12月19日  スミソニアン体制 1ドル=308円の新レート決定

1972(昭和47)年
5月15日 沖縄返還協定発効
6月11日 通産相田中角栄が『日本列島改造論』を発表
6月17日 佐藤首相引退表明
7月 5日 自民党臨時大会で田中・福田・大平・三木が出馬→「三角大福」戦争(参院議長だった重宗雄三が、ポスト佐藤の座をにらんでしのぎを削っていた三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫の4人を総称した造語)→第6代自民党総裁に田中角栄(首相の座に就いた順序は「三角大福」ではなく、“角三福大”だったが、いずれも2年前後の短命政権)→日本全国、列島改造に沸き立つ→地価高騰
7月 7日 第1次田中角栄内閣誕生
8月31日 田中首相ハワイで米大統領ニクソンと会談
9月12日 田中派(七日会)正式発足
9月18日 田中内閣の支持率62%で吉田内閣を上回り戦後最高を記録
9月25日 田中首相訪中
9月29日 日中共同声明に調印→日中戦争状態終結・国交正常化=日中国交回復
10月28日 中国からジャイアントパンダ2頭(ランランとカンカン)羽田に到着
11月13日 衆議院解散⇒「日中解散」
12月22日 第2次田中内閣(オイルショック→高度経済成破綻・田中→参議院に小選挙区制導入を示唆)
12月28日 厚生省人口動態調査まとめる→第2ベビーブームが本格化

1973(昭和48)年
2月14日  スミソニアン体制崩壊 完全なる円変動相場制に移行
3月20日 熊本水俣病第1次訴訟で患者側勝訴=4大公害裁判、患者側勝利で結審→責任のすべては国と企業に
8月 8日 韓国の政治家・金大中氏が東京・九段下のホテルグランドパレスから拉致さる→金大中事件発生=韓国の情報機関介入
10月10日 田中首相訪ソ→日ソ共同声明に未解決の領土問題を盛り込む
10月23日 第1次石油危機 原因は第4次中東戦争(エジプト・シリア対イスラエル)→メジャー、原油価格30%アップを通告→トイレットペーパー売り切れる→物不足バニック=日本列島を席巻(せっけん)=作られた物不足→卸売物価狂乱状態→高度経済成長の終焉 

1974(昭和49) 年
7月 7日 第10回参議院議員選挙→保革伯仲 
7月 8日 福田蔵相、「自民党は総反省の時」と金権(企業ぐるみ)選挙姿勢を批判、政治改革案提示の意向を表明
8月 8日 ニクソン米大統領、ウォーターゲート事件で辞任→第38代大統領にフォード就任→後に「選ばれなかった大統領」の汚名をきる
10月10日 立花隆「田中角栄研究−−その金脈と人脈」を発表(『文芸春秋』11月号)→田中金脈の追及進む
11月26日 田中首相、辞意表明
12月 4日 自民党両院議員総会、三木武夫を第7代自民党総裁に選出=椎名悦三郎副総裁によるいわゆる「椎名裁定」
12月 9日 田内閣総辞職
12月 9日 三木内閣(「クリーン三木」→資産公開、保守「傍流」首相の苦闘=解散権行使せず→22年ぶりに国務大臣(文相)に朝日新聞論説委員の永井道雄を民間から登用→次期総裁を目指して大平・福田対立
12月13日 戦後初のマイナス成長→倒産件数過去最高→不況脱出まで52カ月かかる

1975(昭和50)年
 1月     毎日新聞社が経営悪化 赤字41億円 借入金・社債650億円で事実上の倒産
4月30日 サイゴン政権、無条件降伏→インドシナ30年戦争終結
7月     沖縄国際海洋博覧会開幕
11月     第1回先進国首脳会議開催→サミット

1976(昭和51)年
1月12日 東京商工リサーチ、企業倒産戦後最高と発表
2月 4日 米上院外交委員会多国籍企業小委員会「ピーナッツ100個(暗号領収書、ピーナッツ1個は100万円で、100個は1億円)」などロッキード社不法献金の証拠資料を公表→ロッキード事件発覚→三木首相、「日本の政治の名誉にかけて真相究明」を表明
2月16日 衆議院予算委員会、ロッキード事件で国際興業社主小佐野賢治(田中の刎頸(ふんけい)の友)、全日空社長若狭得治・副社長渡辺尚次を証人喚問
3月30日 三木首相のロッキード究明の姿勢に、三木政権生みの親である椎名自民党副総裁、「はしゃぎすぎ」と批判
4月 2日 田中角栄、田中派総会で「私の所感」を発表し疑惑を否定
5月 3日 三木内閣、24年ぶりに憲法記念日式典を憲政記念会館公式行事として開催
5月14日 ロッキード問題調査特別委員会発足
6月25日 新自由クラブ結成=河野洋平・山口敏夫ら6議員自民党を離脱
7月27日 東京地検特捜部、外為法違反容疑で前首相田中を逮捕(前首相逮捕は、昭電疑獄の前首相芦田均についで、日本憲政史上2人目)
8月 2日 田中前首相の私設秘書笠原政則氏、埼玉県の山中で自殺体で発見
8月16日 田中角栄、受諾収賄罪と外為法違反容疑で起訴される
8月19日 福田・大平・田中・椎名・船田・永田6派、挙党体制確立協議会を結成し、三木退陣を要求=『三木おろし』→三木内閣孤立
8月20日 東京地検特捜部、自民党衆議院議員佐藤孝行を受託収賄容疑で逮捕
11月 1日 法務省、衆参両院ロッキード特別委員会に「灰色高官」18人の肩書提出
11月15日 第34回衆議院議員総選挙公示(戦後初の「任期満了」による総選挙)
12月 5日 第34回衆議院議員総選挙で自民大敗、保釈中の田中前首相、新潟3区で16万8522票を獲得(トップ当選)
12月 7日 三木内閣総辞職
12月23日 自民党衆参両院協議会、第8代自民党総裁に福田を選出
12月24日 福田内閣(経済の福田→不況の克服=解散権行使せず)

1978(昭和53)年
1月13日 共通一次学力試験始まる→戦後最大の入試改革
3月21日 EC委員会事務局、日本は「うさぎ小屋に住む働き中毒者」と表現した対日戦略基本文書(秘密文書)を委員会に報告→ECの日本批判顕在化
11月 1日 自民党総裁選挙に福田・大平・中曾根・河本が立候補
11月26日 予備選挙で大平第1位、福田第2位(田中派の大平支持で予想を覆して大差となる)→福田(「天の声にも変な声もある」)は本選挙辞退
12月 1日 自民党臨時総会で第9代総裁に大平正芳就任
12月 6日 臨時国会招集、自民党三役人事の難航から首相指名の衆参本会議流れる=国会史上はじめて
12月 7日 第1次大平内閣(『角影内閣』財政再建と一般消費税)

1979(昭和54)年
 1月 9日  ロッキード事件捜査開始
 3月     第2次オイルショック 原因はイラン革命
 9月 7日  大平内閣 衆議院解散 「一般消費税解散」
10月 7日 第35回衆議院議員総選挙→一般消費税問題で自民党単独過半数割る→福田・三木・中曾根派が選挙の敗北の責任を追及→政争40日=「40日間の抗争」
11月 9日 第2次大平内閣

1980(昭和55)年
 5月16日 衆議院本会議社会党提出の内閣不信任案可決(全野党賛成、自民非主流福田・三木派等69人欠席)
 5月19日 衆議院解散=『ハプニング解散』
 6月12日 大平首相心筋梗塞で死去、伊東正義官房長官臨時首相代理
 6月22日 史上初の衆(第36回)参同日(ダブル)選挙→自民圧勝= 安定多数獲得
 7月 7日 自民党最高顧問会議での話し合いで、鈴木善幸を第10代総裁に決定=西村自民党副総裁の裁定→「西村裁定」
 7月15日 自民党両院議員総会で承認→自民党総務会長にロッキード事件「灰色高官」の二階堂進就任
7月17日 鈴木内閣(『直角内閣』 解散権行使せず)
7月18日 衆議院議院運営委員会、衆議院航空機輸入調査特別委員会を、「全員一致の原則」を破り、採決で廃止を決定

1981(昭和56)年
4月 7日 選挙運動規制強化した改正公職選挙法公布
5月 7日 鈴木首相、レーガン米国大統領と共同声明で日米同盟関係を初めて明記
6月 5日 核積載疑惑の米国空母ミッドウェー、神奈川・横須賀基地に帰港
 8月     「郵政懇」が郵便貯金問題を審議する首相の私的諮問機関として発足 このころより郵政民営化議論が持ち上がる
11月27日 鈴木首相、参議院行財政改革特別委員会で「1987年までの防衛費はGNP1%以内」との政府方針を表明
11月30日 鈴木善幸改造内閣成立

1982(昭和57)年
2月 9日 日本航空機、DC8機長の「逆噴射」で着陸寸前に羽田で墜落
10月 6日 福田元首相が、「首相は国民の信頼がない」と発言→河本・中川両派が同調
10月12日 鈴木首相退陣の決意表明→自民党総裁選挙に中曾根、河本、中川、安倍立候補→予備選挙で中曾根第1位
11月15日 上越新幹線(「角栄新幹線」)開通
11月25日 自民党臨時大会で第11代自民党総裁に中曾根康弘就任
11月27日 第1次中曽根康弘内閣(「仕事師内閣」→「ロッキード潰し内閣」・「田中曽根内閣」=二階堂再任、ロッキード灰色高官加藤六月入閣→田中派、法務大臣を含め閣僚7ポストを占める)

1983(昭和58)年
1月26日 東京地検がロッキード事件で元首相田中に懲役5年、追徴金5億円を求刑
 2月 4日  日本初の実用通信衛星「さくら2号−a」の打ち上げに成功
10月12日 東京地裁ロッキード事件丸紅ルート判決公判→田中と秘書榎本に受託収賄罪などで懲役4年、追徴金5億円の有罪判決。田中→「判決は極めて遺憾、生ある限り、国会議員として職務を遂行する」との所感を発表→両名控訴→東京高裁'87年7月29日控訴棄却→上告('93年12月17日田中死亡により公訴棄却)
11月28日 中曽根内閣 衆議院解散⇒「田中判決解散」
12月18日 第37回衆議院議員総選挙→投票率67.9%で戦後最低→自民過半数割れ。田中角栄約22万票を獲得

1984(昭和59)年
1月 5日 中曽根康弘が首相として(はじめて参拝したのは三木)戦後はじめて靖国神社に年頭参拝
11月 1日 第2次中曽根内閣

1985(昭和60)年
2月 7日 竹下登蔵相、田中派内に政策勉強会「創政会」を発足(田中派の亀裂鮮明化)
2月27日 田中元首相、脳梗塞で東京逓信病院に入院(5月5日判明)→田中長期療養生活に入る→『政界の田中支配終焉』。しかし田中型政治は健在
 4月 1日  NTT JTが相次いで民営化
 5月17日  男女雇用機会均等法が成立 施行は1986年4月1日
8月12日 羽田発大阪行き日航ジャンボ機が御巣鷹山山頂に墜落
9月22日  プラザ合意「ドル以外の主要通貨の価値向上を発表」
10月     阪神タイガースが21年ぶりに優勝

1986(昭和61)年
 6月 2日 中曽根内閣 衆議院解散⇒「死んだふり解散」
7月 6日 衆参ダブル選挙=自民両院で安定多数獲得、社会・民社惨敗。田中角栄が病床から立候補トップ当選
 7月22日 第3次中曽根内閣
9月 6日 社会党委員長選挙で土井たか子当選→『おたかさん』ブーム
12月30日 1987年予算案で'1976年に三木内閣が決定した「防衛費GNP1%枠」をはじめて突破

1987 (昭和62)年
2月22日  ルーブル合意
9月30日 国土庁、基準地価公表→地価高騰→『金満ニッポン』
10月31日 自民党大会で第12代総裁に竹下登を選出
11月 6日 竹下内閣(党内融和を重視した派閥均衡内閣)
12月23日  クリスマス合意

1988(昭和63 )年
6月18日 『朝日新聞』スクープ=川崎市助役の未公開株売買を報道→リクルート疑惑(リクルート・コスモス未公開株譲渡問題)発覚→また露呈した政・官・財界の「癒着構造」→朝日新聞横浜支局、3カ月に及ぶ取材調査した上で報道→中曾根元首相、安倍自民党幹事長、宮沢蔵相の関与が判明→前後して竹下首相、自民党渡辺美智雄、加藤六月、加藤紘一、社会党上田卓三、民社党塚本委員長にも譲渡判明→江副、会長を辞任、未公開株譲渡問題で日経新聞社長も辞任→『構造汚職』から『複合汚職』
12月14日 進藤NTT会長、リクルート疑惑で辞任

1989(平成1) 年
1月 7日 天皇裕仁(昭和天皇)87歳で死去=昭和(62年と2週間=22,660日)の時代終わる
4月22日 『朝日新聞』、竹下首相の元秘書青木伊平名義で5,000万円の借金が江副にあったと報道
4月25日 竹下首相、予算成立の後に国民の政治不信の責任をとって辞任表明
4月26日 竹下首相の青木伊平元秘書自殺
5月12日 伊東正義自民党総務会長総裁就任を辞退=「けじめ」で党幹部と隔たり
5月17日 公明党矢野委員長、明電工事件疑惑に絡み辞意表明
5月19日 自民党、「政治改革大綱」決定=「国民の政治に対する不信感は頂点に達し、わが国議会史上、例をみない深刻な事態をむかえている。−−いまこそ自らの出血と犠牲を覚悟して、国民に政治家の良心と責任感を示すときである」と記述
5月25日 衆議院予算委員会、中曾根元首相を証人喚問
5月30日 吉永検事正、リクルート事件終結宣言=逮捕14人、起訴17人
6月 2日 自民党両院議員総会で宇野宗佑を第13代総裁に選出
6月 2日 宇野内閣(竹下派がキングメーカー。宇野首相→「天に祈り地に伏して改革を」)
6月 9日 久保田社会党議員、参議院本会議で宇野首相の女性問題を質問
7月 2日 東京都議会議員選挙で自民大敗・社会躍進
7月24日 宇野首相辞意表明
8月 8日 自民党第14代総裁に海部俊樹選出
8月 8日 第1次海部内閣(「不退転の決意で政治改革を」、小沢一郎幹事長誕生−『金・竹・小』支配体制確立→「支配すれど責任とらず=権力の二重構造が明確となる」)
10月14日 田中角栄、政界引退を表明
11月24日 リクルート事件初公判
12月 1日 参議院本会議、'87・88年度一般会計予算を40年ぶりに否決
12月 2日 マルタ会談=東西冷戦終結→新時代の到来

1990(平成2)年
1月24日 田中角栄、政界引退、衆議院解散 「消費税解散」
2月18日 第39回衆議院議員総選挙=小沢一郎自民党幹事長、財界から数百億の選挙資金を調達
2月28日 第2次海部内閣

1991(平成3)年
8月 5日 海部内閣衆議院に小選挙区比例代表並立制導入を柱とする政治改革法案を提出
9月30日 政治改革法案審議未了→廃案(海部首相,「重大な決意」表明が命取り)
11月 5日 宮沢内閣 (第15代総裁に宮沢喜一、小沢一郎の面接を受けて首相に=金・竹・小支配による首相の首のすげ替え→「支配すれど責任とらず」の体制が確立)

1992(平成4)年
10月14日 金丸信、衆議院議員を辞職

1993(平成5)年
3月 6日 東京地検特捜部、金丸と元秘書の生原を所得税法違反で逮捕
3月20日 東京地検特捜部、鹿島、清水建設、大成建設など大手ゼネコンを含む約20社の建設会社を家宅捜査。金丸へのヤミ献金を担当した各社首脳らの聴取を開始(〜23日)
4月 2日 自民党が衆院への単純小選挙区制導入を柱とする政治改革法案を国会に提出
4月 8日 社会・公明両党が,衆院への小選挙区比例代表併用制導入などを内容とする政治改革法案を共同提出
6月18日 内閣不信任案可決→大平内閣以来13年ぶり→「嘘つき解散」改革国会=「実らぬ論議80間」→国会予算'93 年度977億円(1日=2億6千万円×83日=200億円の「無駄遣い」)
6月29日 東京地検特捜部、仙台市長石井亨をハザマ、清水建設、西松建設、三井建設の4社から1億円を収賄した容疑で逮捕
7月18日 第40回衆議院議員総選挙→自民党過半数割れ,社会党惨敗(社会党選挙戦で小選挙区比例代表制を含めて,小選挙区制に反対のスローガンを有権者に訴えた。この選挙で小選挙区比例代表並立制を選挙公約に掲げた政党は皆無。自民党宮澤総裁退陣=自民党第15代総裁で崩壊=徳川政権と類似
7月19日 東京地検特捜部、茨城県三和町の町長大山真弘を、ハザマからの1,400万円受諾収賄容疑で逮捕
7月22日 金丸脱税事件初公判(東京地裁)
7月23日 日本新党・新党さきがけ両党が小選挙・比例代表各250 議席の並立制を基本とする政治改革案を提案。東京地検特捜部、茨城県知事竹内藤男をハザマからの1,000万円収賄容疑で逮捕
7月29日 非自民7党1会派が並立制の年内成立を盛り込んだ連立政権発足への政策合意に調印
8月 9日 細川内閣(7党1会派の連立政権)
8月10日 細川首相が記者会見で、年内に政治改革が不成立なら政治責任を取ると言明→細川内閣の支持率、各社の調査で軒並み70%を越え、田中内閣を上回り戦後最高を記録
9月17日 第128 臨時国会招集。政治改革法案を閣議決定し,国会に提出
9月20日 東京地検特捜部、清水建設会長吉野照蔵を茨城県知事竹内への1,000万円贈賄容疑で逮捕
9月27日 東京地検特捜部、宮城県知事本間俊太郎を大成建設からの2,000万円収賄容疑で逮捕
10月21日 東京地検特捜部、前仙台市長石井への1000万円贈賄容疑で鹿島東北支店幹部ら2人を逮捕
10月26日 東京地検特捜部、鹿島副社長清山信二を前茨城県知事竹内への2,000万円贈賄容疑で逮捕
10月28日 前仙台市長石井の収賄事件初公判
11月11日 東京地検特捜部、大昭和製紙名誉会長斉藤了英を前宮城県知事本間への1億円の贈賄容疑で逮捕
11月15日 細川首相、河野自民党総裁とのトップ会談で小選挙区274 議席、比例代表226 議席などの譲歩案を提示→河野自民党総裁が拒否→会談決裂
11月16日 (与野党の一部委員を差し替えた)衆院政治改革調査特別委員会が一部修正した政治改革法案を1票差で可決
11月18日 衆院本会議で法案可決(自民13人,社会5人造反)
11月11日 三和町前町長大山の収賄事件初公判
11月26日 参議院審議入り
12月 1日 衆議院で第2次補正予算案の審議始まる→連立政権・与党,政治改革4法案の年内成立を断念。細川首相、政治責任に言及ぜず
12月 2日 衆議院予算委員会, 中西防衛庁長官の改憲発言で審議ストップ→中西辞任
12月 6日 東京地検特捜部、前飛島建設相談役植良祐政ら2人を前知事竹内への1,000万円贈賄罪で在宅起訴
12月14日 細川首相午前3時45分に記者会見、米部分開放を決定。国会、会期を45日間('94 年1月29日まで)延長
12月15日 日本世論調査会、細川内閣の支持率62%と発表→10月の調査より12.2ポイント低下=各社の調査も同様
12月17日 元首相田中角栄死去。前知事竹内の収賄事件初公判
12月17日 政府、越年予算編成を発表


1994(平成6)年
空洞化 リストラ 価格破壊
1月01日 細川首相、年頭会見で首相私案「21世紀ビジョン」を発表
1月28日 細川首相、自民党・河野洋平総裁と政治改革関連法案の修正について合意
1月29日 衆議院・参議院、政治改革関連4法案を可決・成立させる
1月31日 第129回 国会(常会) 
3月04日 参議院本会議で政治改革関連法の修正法が成立
3月18日 衆議院予算委員会、細川首相の1億円借り入れ問題で紛糾して審議入り遅れる
4月04日 輸入血液製剤でエイズに感染した血友病患者ら、血友病専門医を告訴する
4月05日 細川首相、会食で「もう疲れたから辞めたい」と辞意もらす
4月06日 最高裁、箕面忠魂碑訴訟関係の司法修習生1人を7年ぶりに任官拒否する
4月25日 細川内閣 総辞職(在任日数は93年8月9日以来260日、戦後6番目の短命
4月28日 羽田孜内閣成立(「改革と協調」)
5月04日 永野茂門法相が、南京大虐殺は「でっち上げ」と発言して辞任する
6月23日 羽田内閣不信任決議案(自民)提出(6月25日羽田孜内閣総辞職で消滅(在任64日は戦後2番目の短命)
6月27日 松本サリン事件
6月29日 村山富市(社会党)が国会指名により、第81代 内閣総理大臣となる
6月30日 村山富市内閣成立(「人にやさしい政治」)
7月08日 日本人初の女性宇宙飛行士として向井千秋さんがスペース・シャトルに搭乗して宇宙に出発。北朝鮮、金日成主席(82歳)が心筋こうそくで急死
7月18日 第130回 国会(臨時会)―7月22日まで、会期は5日間
7月20日 村山首相、社会党政策転換して自衛隊合憲と日米安保体制は不可欠と表明
7月28日 全日空、1995年度からアルバイトのスチュワーデスを導入すると発表
9月02日 関西国際空港開港
9月30日 第131回 国会(臨時会)―12月9日まで、会期は71日間
10月13日 大江健三郎がノーベル賞受賞
11月30日 東京高裁、非嫡出子の相続格差規定を再び違憲として平等相続を命ずる
12月05日 公明党第34回大会、30年間の歴史に終止符を打ち正式に解党する
12月10日 新進党結成(新生・公明・日本新等 党首 海部俊樹 衆院178名 参院36名)
12月28日 『三陸はるか沖地震』が北海道から北陸にかけて襲う(M 7.5)


1995(平成7)年
官官接待 ポアする 安全神話
1月01日 政治改革関連三法が施行される
1月17日 戦後最大の震災『阪神・淡路地震』が起こる(M 7.2)
1月20日 第132回 国会(常会)―6月18日まで、会期は149日間
2月13日 プロ野球・野茂英雄投手が米大リーグのロサンゼルス・ドジャース入り
2月20日 機会均等調停委員会(労働省)、初の調停案を提示するが住友金属に拒否される
2月22日 最高裁、ロッキード事件で故 田中角栄元首相の上告棄却して首相の犯罪(5億円収賄)認定
2月28日 最高裁、在日韓国人に選挙権を与えることはできると初の憲法判断する
4月23日 共産党、地方議員総数で第1党となる
6月06日 参議院本会議で介護休業法が可決・成立
6月13日 新進党、村山内閣不信任決議案を提出(同日否決)
6月21日 全日空機ハイジャック事件
7月03日 最高裁、非嫡出子の相続格差の民法規定は合憲と判決
7月18日 政府、元従軍慰安婦を対象に「女性のためのアジア平和国民基金」を設立
7月23日 第17回参議院議員選挙(連立時代初の国政選挙で新進党躍進・社会党惨敗)
8月04日 第133回 国会(臨時会)―8月8日まで、会期は5日間
8月08日 村山富市 改造 内閣成立
9月04日 沖縄・米兵の少女暴行事件
9月06日 警視庁などの合同捜査本部が失踪中の坂本堤弁護士一家の遺体を発見
9月22日 自民党議員総会、橋本竜太郎が小泉純一郎を破って総裁(17代)に当選
9月29日 第134回 国会(臨時会)―12月15日まで、会期は77日間
11月08日 総務庁長官・江藤隆美、「植民地時代に日本はいいこともした」と発言
12月06日 衆議院本会議、二信組事件で山口敏夫議員の逮捕許諾を全会一致で議決
12月27日 新進党党首選挙、小沢一郎が羽田孜を破って新進党党首(第2代)に当選
posted by CTA at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年12月31日

2006年、おつかれさまでした

楽しかった2006年も残すところ、あとわずか。皆さんにとっては、いい年でしたか?
私は毎年のごとくステキな人たちに囲まれて本当に素晴らしい1年を送ることができました。この場をお借りして厚くお礼申しあげます。

TNSは正月3ヶ日は、お休みです。1月4日より通常通りの営業とさせていただきます。

閑話休題

年末になると毎年恒例のように今年の重大ニュースベスト10なるものがテレビや紙面を賑わす。当然のように北朝鮮の核実験や安倍総理誕生、悠仁さまご生誕などがランクインしてくる。では私にとってのベスト3は何だったのだろうか。

第3位 ノロウイルスが猛威を奮う中、ノロだけでなく風邪すら引くことなく、一年を通して健康に仕事ができたこと。何をするにも健康あってのものなので、このことには本当に感謝である。

第2位 新年会、誕生日会、内定者祝勝会、忘年会など年間30回近い飲み会に大勢の仲間が参加してくれたこと。やはり周囲の協力あって仕事も生活も成り立つ。そのことを再認識させられた1年でもあった。

第1位 ベタになるが、秋季採用試験で予想以上の好成績をあげてくださったお蔭で、受講生のほとんどが志望企業に内定をいただけたこと。やはり今年は、これに尽きる。4月の時点では、どうなることやらと思ったが、蓋を開けてみれば例年並の結果を残せたことには大満足している。内定をいただいた4年生諸君、おめでとう。そしてありがとう。


さて年が明ければ、いよいよ3年生の番である。内定者の力を借りて納得のいく結果を出そう。がんばれば、たったの4ヶ月。そのぐらい集中できないようでは、とても仕事などしていけない。自分の将来を明るいものにするためにも最後まで諦めずにがんばってほしい。

2年生の方は、まずはテストをがんばり、それが終わったら春休みを、どう有意義に過ごすかを計画立てよう。まだまだ先のことと思っていると、気がついたときには…なんてことにも。

明日は高校ラグビー、明後日は大学ラグビー、明明後日は箱根駅伝。私も応援する側として、がんばってきます。では皆さん、よいお年をお迎えください。

posted by CTA at 15:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年12月18日

忘年会を終えて

昨夜から今朝にかけてTNS2006忘年会をおこなった。1次会に70名強、2次会に40名近くが集まり大盛況の中、幕を閉じることができた。

遠く遥々、神戸から駆けつけてくださった「ますこみ就職のめるまが」管理人のわっちさん、名古屋からお越しいただき夜行バスで帰られたMくん、忙しい中、寸暇を惜しんで参加してくださった卒業生諸君、寸劇までして盛り上げてくれた4年生諸君。本当にありがとう。

心から感謝します。

いよいよ今年も残すところ2週間を切り、3年生諸君は就職活動本番を迎えることになる。2007忘年会に楽しく参加できるかどうかは、まさにその人のがんばり次第。今、楽をして、後になって苦しむか。それとも、ここで踏ん張って、残りの学生生活を有意義なものにするか。言わずもがなであろう。

と、ここで昨夜の忘年会に残念ながら参加できなかった方のために、どんな感じだったのかをダイジェストでお伝えしよう。

16時 TNS集合 3年生、4年生別れて各自の出し物の練習をする。

18時 TNS出発 いざ忘年会会場へと乗り込む。

18時30分 現地到着 会場セッティング リハーサル

19時20分 来場者入場 席について、しばし歓談

19時40分 オープニング映像とともに4年生幹事TAの乾杯の合図で忘年会スタート

20時 「ますこみ就職のめるまが」管理人による挨拶

20時10分 3年生幹事の慎重150センチミニモニコンビが漫才披露。面白さよりも可愛らしさが際立ち、おひねりの嵐。サンタとトナカイの衣裳がベリーグッド!

20時30分 4月生・5月生による宝塚バージョンラインダンス披露。一糸乱れぬ足挙げに会場には感心のため息が漏れる。まさにOH!TAKARADUKA そのもの。

20時50分 4年生勇姿による寸劇。主人公を見事に演じきったSくん。お色気たっぷりのSさん。輝ける4年生の華Aさん。3曲を熱唱したおKちゃん。進行役のTくん。みんな、見事な演技でした。

21時 Mr.レディーコンテスト。優勝者は広末涼子そっくりのKくん。そのほか出場者全員がゲイバーで働けそうなほどの見事な変身ぶり。でも、もう見たくはない。

21時30分 幹事、OB、OGなどによる3年生への激励メッセージ。その後、異業種交流会ばりの名刺交換会が行われる。

21時50分 全員で肩を組んで輪になって「ジュピター」を熱唱。雰囲気は最高潮に。

21時55分 全員で写真撮影

22時 1次会終了。出口でプレゼントを受け取って解散。希望者のみ2次会へ。

22時40分 半数以上が残って2次会スタート。

24時 終電組がチラホラと帰りだす。

26時 翌朝仕事のあるOB・OGがタクシーでご帰還。

27時 まったりとしはじめ、中には寝だす人も・・・

28時 盛り上がり最高潮。飲み会ならではの話に花を咲かせる。

29時 2次会終了 結局、最後まで残ったメンバーは20人だった。

29時10分 みなでブラブラと新宿方面へ繰り出す。

以上、報告終わり。

次は新年会です。また詳細が決まり次第、お知らせしますので、お楽しみに!
posted by CTA at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年10月23日

内定者祝勝会を終えて

昨日、今年度の第1回内定者祝勝会を行った。総内定者の半数近い20名の方にお集まりいただいた。その方たちに心からお礼を言いたい。「内定をいただいたのは私たちの方なのだから逆だろう」と思われるかもしれないが、それは違う。君たちが内定を勝ち取らなかったら、このような会は存在しないのだ。内定者がいるからこそ開催できるのだ。


私は毎年、TNSに通ってきてくださる方に様々なことを教える。と同時に彼らから多くのことを教わる。その中で、もっともありがたい教えは「お金よりも大事なものがある」と再認識させてもらえることだ。以前、「お金で何でも買える」と明言した経営者がいらっしゃったが、その考えは間違っていない。商品は確かに金を積めば買える。もしかしたら愛すらも手に入れられるのかもしれない。


しかし「心の充足感」は金で何とかなるものではない。現代の金持ちが、みな一様に幸せかと言ったら、決してそうではない。彼らは金と引き換えに大事なものを失っていることが多いからだ。金儲けが悪いとは思わないし、金持ちを否定するつもりもない。正当な手段で金を稼ぐことは努力の結晶でもある。


婉曲表現は伝わらない。常々、私が授業で指摘することだ。にもかかわらず回りくどいことを書いている。それは自覚している。本当に言いたいことは一言だけなのに、それを言うのに「照れ」と「迷い」があるのだ。


ストレートに言おう! 感謝は、双方向のものである。


「受からせてくれて、ありがとう」と君たちが感謝しているとすれば、それ以上に私は「受かってくれて、ありがとう」と感謝しているのだ。


もう、これで充分だろう。とにかく「内定おめでとう! そして内定してくれて、ありがとう!」 はい、この話は、これでオシマイ。


残念ながら日程が合わず昨日の内定者祝勝会に来られなかった。そういった方のために第2回、第3回も開催していくので、都合がつき次第、参加してほしい。



話は変わって、現受講生諸君。今度は君たちの番だ。いよいよ、これから正念場を迎えるわけだが、仲間もいれば頼りになる先輩だって大勢いる。決して1人で就職活動をしているわけではないので、彼らを信じて精一杯活用してほしい。そして1年後には、また私に「ありがとう!」と言わせてくれ。そのために私も、これから全身全霊を込めて尽力する。


自分の中にある情熱の灯火を消してしまったら終わりだ。夢は諦めなければ叶うなんてことを軽々しく口にするのは憚られるが、情熱なくして成功なし。それは間違いない。まずは目先の就職活動で完全燃焼しよう!
posted by CTA at 14:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2006年10月10日

内定者祝勝会の日時決定のおしらせ

永らくお待たせしました。10月22日(日)18時より第1回内定者祝勝会を行います。第1回ということは第2回もあるということです(笑)残念ながら22日にお越しになれない方は第2回にお越しください。また現3年生の方および内定者の方でTNS生以外の方でも参加を希望される方がいらっしゃいましたら気軽に飛び入り参加OKです。ただしTNSの呑み会の雰囲気についていけるかどうか。そこまでは責任を持ちかねますが・・・

閑話休題

世界中がなにやら怪しげな雰囲気に包まれている。北朝鮮が核実験をしたとかしないとか。経済的に行き詰まりをみせており、追い詰められた金正日氏が生き残りをかけて強行手段に出始めたとも言われている。まるで70年前の、どこかの国の再現VTRを見ているかのようである。

70年前、目には目を、歯に歯をの精神で徹底攻撃に出た国があった。その国は今や世界一の経済大国になり、敗戦国は言いなりになっている。パブロフの犬のごとく戦勝国の考えをオウム返しし、一国を悪の枢軸に仕立て上げようとしている。

何も北朝鮮の方を持とうというのではない。北朝鮮が行っていることは危険行為であるし阻止しなければならない。ただ間違っているのは指揮官の舵取りであって北朝鮮市民には何の罪もないはずだ。にもかかわらず北朝鮮の100倍近い核を保有する核保有大国は、経済制裁のみならず武力制裁まで加えようとしている。

さらに問題なのは日本のメディアが、あたかも当然であるかのごとく、それを支持していることだ。これは明らかにマスコミジャックである。全マスコミが単一報道しかしないのであれば複数存在する意味がない。国民の意識を洗脳する媒体にすぎない。そのことに対しマスコミで働く人々は、どう思っているのだろうか。

マスコミ人のモラル低下が露呈し久しい昨今、それを変えるべく立ち上がる若者の出現は必須だ。年金問題、消費税問題、教育問題などなど、すべてが一部の人たちのいいように扱われてしまう。そこに警告を発せられるのはマスコミの特権であり義務だ。再度、社会の木鐸としての役割を問い質してほしい。
posted by CTA at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年09月26日

安倍内閣誕生に思うこと

先日、読売新聞社に内定した方から、心温まる手紙を戴いた。最近は何でもメールで済ませてしまう人が多い。だからこそ、このようなご配慮は本当に嬉しい限りである。また時折、卒業生からも呑みのお誘いを受ける。皆必ずしも順風満帆とは行かないようだが、人生は思い通りにいかないことのほうが多い。どこまで、じっと我慢し自分に運が向いてくる時を待てるか。それこそが大人としての試練なのかもしれない。

本日、自民党総裁である安倍氏の首相就任が決まった。いよいよ安倍新内閣誕生となるわけだが、果たして彼がどれだけの功績を残せるのか、甚だ疑問である。教育改革だ、再チャレンジ制度だと威勢のいいことを言っているが、現実を見据えての発言とは思えない。

たとえば学校への補助から個人への「利用券」配布に変える「バウチャー制度」を掲げているが、初等中等教育局幹部からは「義務教育への導入であれば、『義務教育国庫負担金制度を堅持する』という政府方針と矛盾する」と揶揄され、高等教育局幹部も「バウチャーに教育費をどれだけ上乗せするかで、行ける学校が決まるようになる」とし、「余計に格差が広がる」と批判している。また、大学入学までの期間をボランティア活動などに充てるという「大学9月入学」に対しても、省内では疑問の声が少なくない。

再チャレンジ制度にしても、どのような形にするのか、はっきりとした構想は見えてこない。少なくとも現状では30歳までフリーターだった人間が、いきなり正社員になることは不可能に近いし、起業して1億円の借金を背負った人間が、もう一度やり直すのも、かなり骨の折れる作業だ。

このように課題の多い安倍政権だが、国民は一抹(どころではない)不安を抱えながら期待し続けるしかない。「石の上にも3年」と言うが、小泉内閣の下で5年も我慢を強いられた人間は、あとどのぐらい我慢できるのだろうか。一刻も早く国民の不安を解消し、夢を見られる社会を作り上げること。そうしなければ日本国民は、あらゆる意味で減り続けてしまう気がするのだが・・・
posted by CTA at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年09月05日

日テレHPに採用情報アップ

 日本テレビが採用ホームページを更新。9月15日から10月20日までの日程で一般職のエントリーを行う。年々締め切りが早くなっているため3年生にとっては過酷だが、4年生はチャンスだ。すでに内定をもらっている4年生もTBS同様、受けてみるといいだろう。

新聞社の秋季採用試験も佳境に入り、全国紙では毎日新聞社を残すのみとなった。朝日、読売、日経、共同で実力を発揮できなかった人間が本気でぶつかってくるため、そう簡単には内定をもらえないかもしれない。しかし最後まで諦めることなくがんばってほしい。

また現在、面接続行中の方も、最後まで気を抜くことなく全力を出し切ってほしい。景気がよくなったとは言え、未だマスコミ大手の倍率は高い。だが一時期に比べればマスコミ志望者のレベルは確実に落ちている。そして採用側も大学名にこだわらず仕事のできる人間を採ろうという考え方に移行しつつある。この2、3年はチャンスかもしれない。

さて昨日、堀江貴文氏の初公判が行われた。この半年間で、それなりの制裁は受けたのだから、無罪放免でもよいのではないだろうか。彼は、よくも悪くも現代社会に多大な影響を及ぼした人間である。そのような人間を塀の中に押し込めておくことは日本社会においてマイナス以外の何ものでもない。

「夢は金で買える」という発言は間違っているかもしれない。しかし、そのような発言をする人間がいるからこそ異論を唱える人間も出てくるのだ。彼の犯した行為の悪の部分ばかりを取り上げるのではなく、プラス面も評価してあげるべきだ。それでこそ公平な裁判というのではないだろうか。来年2月、彼が無罪になることを私は願っている。

posted by CTA at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年08月22日

球児に教えられたこと

歴史に残る名勝負は24回の死闘を演じた結果、1点差で幕を閉じた。早実・斉藤、駒大苫小牧・田中の投げ合いは、松坂と上重を髣髴させるものがあった。今秋のドラフトで2人が、どこに指名されるか。今から楽しみである。

それはさておき、高校野球は負けたら終わり。常に背水の陣で球児らは試合に臨んでいる。そのような気概を持って生きている人間が、どのぐらいいるのだろうか。おそらく今日はダメでも明日があるや。明日がダメでも明後日があるさ。そう思いながら日々を漫然と生きている人が多いように思う。

必ずしも、それがいけないとは言わない。だが、もしかしたら明日はないかもしれない。先のことは誰にもわからないのだ。であるならば一日一日を真剣に生きるべきではないだろうか。そうしなければ、きっといつか後悔することになるだろう。

秋季採用試験が目前に迫っている。今年ダメだったら来年などという悠長なことを言っていたら内定などもらえるはずがない。3年生諸君も、就職活動は先の話なんてことを言っていたら機を逸しかねない。常に全力勝負をしている高校球児たちを見習うべきである。

いつもピーンと張り詰めていたら切れてしまいかねない。また余裕のない人生になってしまう。わからないでもない。だが弛んだ弓をどれだけ引いても、矢は真っ直ぐには飛ばない。目標という的が明確に定まっているならば、そこに向けて集中すべきだ。的中したときは言いようのない爽快感を得られるのだから・・・

がんばっている人間に「がんばれ!」とは言わない。でも自分の努力が、まだまだ足りないと思うならば精一杯がんばるべきだ。結果がどうであれ悔いを残さないためにも。
posted by CTA at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記