2008年08月15日

こんなに平和でいいのか!

TNSの教室がある九段下は東京のド真ん中。徒歩5分の場所に靖国神社があるため、教室の真下で警察機動隊と街宣車が大喧嘩している。その内容たるや、お粗末なもの。小中学生の口喧嘩よりもレベルが低い。

先日、放送作家の倉本聰先生が「テレビ局が視聴率だけを考え、現場が悪くなった」と嘆いていらっしゃった。そんなのは今に始まったことじゃないだろう。スポンサーによる広告費で番組を制作している以上、しかたのないことだ。

新聞を読まない若者が増えた。書籍・雑誌が売れない。これまた、至極当然のなりゆき。金さえ持っていれば、知識・情報がなくても生きていける。そんな日本を作ってしまった大人の責任である。

現代日本の一番の課題。それは格差をなくすことでも、社会保障を手厚くすることでも、経済発展を促すことでもない。ましてや改憲、増税・・・などを議論しているなんて時間の無駄。日本人は平和ボケしていると言われても致し方ないだろう。

尊敬できる大人を増やすこと。尊敬される大人になること。若い人たちが憧れる大人になること。そのような大人が少なくなってきていることが、日本の一番の問題点である。

そういった意味では、今回の北京五輪における北島康介は、ある種の手本とも言えるだろう。有言不実行の大人が増えている中で、言動一致の快挙を見事に成し遂げたからだ。

残念ながら、メダルに手が届かなかった、あるいは1回戦で敗退してしまった。ならば彼らはダメな大人なのか。決して、そうは思わない。ベストを尽くした結果が、芳しくなかっただけの話である。

ただ気になった発言もあった。柔道100キロ級1回戦で敗退した鈴木桂治選手が自身の不甲斐なさについて詫びたあとに「柔道を25年間やってきて・・・こんなもんか!」と言ってしまったことである。

それ言っちゃ、お終いでしょ。気持ちはわかるが、それをグッと飲み込むのが大人である。嘘でも良いから「やり切った。何も後悔することはない」と言い切ってほしかった。結果も大事だが、人が憧れるのは、その人の背中にだったりもする。彼は柔道のセンスは一流だが、その部分で一流になれなかった。残念としか言いようがない。
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2008年05月06日

これが、私の生きる道

毎年のことだが、GWは卒業生と飲むことが多い。入社したてだったり、数年経っていたり、もうベテランの域に達していたりと、人それぞれだが、相変わらずマスコミ人は忙しいようである。そして毎回のように相談されるのが、仕事とプライベートとの兼ね合い。キャリアチェンジ、結婚、出産など、どのタイミングですればいいのか?正解もなければ不正解もない。何がよくて何が悪いのか。先になってみなければ、わからないことである。

それは就職先に関しても言えること。内定をもらった瞬間は、飛び上がらんばかりに狂喜乱舞していても、時間が経つに従い、本当にこの会社でいいのか。もっと自分に合う会社があるんじゃないか、と不安になるもの。しかし、それはマリッジブルーのようなもの。一旦、入社してしまえば、そんなことを考える余裕もないぐらい忙殺される日々を送ることになる。数年が経ち、ふと我に返って思う。

私の人生、こんなんでいいの?

いいかどうかはわからない。しかし自分がベストと思う選択を重ねてきた結果、今があるのだから、そこに疑問を持っても始まらないだろう。おそらく、もう一度人生をやり直しても同じような結果になるはず。だったら過去を悔いるのではなく、先の人生を、より有意義なものにしていくべきである。

先日、テニスプレーヤーのクルム伊達公子選手が、復帰緒戦をシングルス準優勝、ダブルス優勝という輝かしい成績で飾った。同世代の者としては、昔取った杵柄っていうのは本当なんだな〜と感慨深く思った。20代を懸命に生きてきた人間は、30代も走り続けられる。しかし20代を適当に生きてきた人間は、30代で苦労する。若いうちにしかできないことがあるはずだ。それを悔いなく実践する。そうすれば、きっと

私の人生、これでよかった!

と胸を張って言えるはずだ。
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2008年04月22日

内定をもらった皆さん、おめでとう!

先ほどNHKの将来を背負って立つ看板キャスターhttp://www.nhk.or.jp/k-rasinban/message.htmlから、最近まったくブログの更新がなされていないとお叱りを受けた。そこで、ちょっとだけ更新(笑)

希望の会社から内定をいただけた4年生の皆さん、内定おめでとうございます。これからが本当の勝負だと思うけど、あと1年間、残された大学生活を有意義に過ごしましょう。

まだ就職活動を続けている4年生の方、自分にあう会社は必ずある。まだ、その会社に出会えていないだけ。そんなに焦る必要はない。まだ学生生活は、1年以上残されているんだから。

社会人として働いている卒業生諸君、たまには遊びにおいで。いつも顔を出してくれるメンバーは固定。意外な人からの連絡を待っている。現受講生に対して、現場の声を聞かせてあげてください。

これから就職活動を行なう予定のフレッシュマン。就職活動は、面白いぞ! 人生、思い通りにいかないことばかり。だからこそ、面白いぞ。予定調和の人生なんて、クリープを入れないコーヒーみたいなもんだ。って、古いか!(笑)

また気が向いたら更新するかも・・・ それよりも直接会いにきてくれれば、時間を取っていくらでも相手するよ。だからゴールデンウイークも教室開けます。

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2008年01月30日

謹賀新年

本当に久しぶりのブログ更新。1ヶ月遅れで「あけましておめでとう」もないだろう。更新しなかった理由が特にあるわけじゃないが、あえて挙げれば発信したいことがなかったから。言いたいことは授業内や、そのほかの時間に十分伝えている。それでいいと思ったからだ。

最近の日本は発信したい人だらけ。自分の考えを人に話して共感してもらって安心したい人が増えている。それだけ自分に自信が持てないということなのだろうが。だったら私は、その考えを心行くまで聞いてあげたい。それで少しでも自信が持てるようになるのであれば。ただ私の場合、必ずしもすべてに共感するわけでなく自分の意見を述べさせてもらうので、やぶ蛇になることもあるだろうが(笑)

何の目的で働くのか。自分が何をしたいのか。わからない人が多い。社会人になっても、その答えに自問自答している人は少なくない。これだけ自由が横行し、選択肢があれば致し方のないことかもしれない。どうしても答えが出なければ、自分で勝手に目的を設定してみても面白いだろう。

たとえば金のために働く。そう割り切って1千万円貯める。それで使い道に困るようであれば、金のために働くのは辞めればいい。次に他人のために働く。自分を押し殺し、常に世のため、人のためだけを考えて働く。それに虚しさを感じ始めたら考え方を改めればいい。そうして、まずは頭に浮かんだことを実践していけば、少しずつ消去していけるだろう。

結果、何も残らなかったら・・・なんて心配するのは早計だ。やる前から失敗したら、どうしよう。何も得られなかったら、どうしよう。そんなことばかり考えていたら何もできない。やってみて違ったら悔い改めればいいのだ。まずは動く!

ちなみに私が、なぜ働いているかと言えば、自分のできることで社会や他人の役に立ちたい。早い話が、そこに尽きる。できない仕事を無理に引き受けて金を稼ごうとも思わなければ、自分の実力以上の仕事をしようとも思わない。いずれ自分が辛くなってくるだろうから。

いつか死ぬのならば、少しでも楽しんで仕事をしたい。それは誰しも共通の考え方ではないだろうか。無理、無駄、ムラをなくし、できることをコツコツとやる。そこに答えがあるように思う。

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2007年09月24日

悩んでいない人はいない

最近、卒業生が続々と訪れてくださる。非常にありがたい話だ。これから就職活動をしようとしている現役生には刺激になるし、何よりも忙しい合間を縫って足を運んでくださることが嬉しい。これから就職活動が本格化してくるので、是非とも頻繁に訪れ、就活生を激励してあげてほしい。

さて現在マスコミで働いている人も、様々な悩みを抱えている。入社して間もなければ、なかなか自分の思うように仕事を任せてもらえない。また数年経てば、どのようなキャリアを積んでいこうか考え始める時期に差し掛かる。30歳を越えれば、本当に今のままでいいのかという新たな悩みも生まれてくる。

世の中が混沌としている現代において、自分の判断に絶対の自信を持つことは難しい。思いがけないハプニングや誘惑も多発する。選択肢も無数に存在し、何が正しいとも一概には言えない。そんな中、重要になってくるのがモチベーションの維持である。

では、どうすれば常に一定のモチベーションを持ち続けられるのか。最良なのは、自分がどうなりたいのか、どう生きたいのかという夢や目標を明確に持ち続けること。というのは簡単だが、本当にそれしかやりたくないの?と聞かれて自信を持って「ハイ」と即答できる人は少ないだろう。

人間だれしも多かれ少なかれ迷いがある。それを払拭するのは至難の業だ。逆にまったく迷いがない人間なんていないのだから、あって当然!と開き直ってみてはいかがだろうか。明日が、どういう日になるかなんて誰にもわからない。ましてや自分の選んだ道が本当に正しかったかどうかなんて、先になってもわからない。

安倍さんだって1年後に、まさかこうなるとは思いもよらずに首相になったはずだ。福田さんにしても周囲に担ぎ出された感が強い。本心は、どうなのか。それは彼自身しかわからない。結局、自分の気持ちは自分にしかわからない。だとしたら、その気持ちに素直になるしかない。

他人の目を気にして自分の気持ちに嘘をついて思わぬ結果を招いたら、悔やんでも悔やみきれない。しかし自分の気持ちに正直になったうえで、望むような結果にならなければ、それはいたし方がないことだ。

後悔しない人生を送る。結局は、その一語に尽きるのかもしれない。
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2007年09月08日

驕りは禁物。勝って兜の緒を締めよ。

TNS受講生伝統のM1グランプリが開幕。過去出場者は、いずれも3回戦まで進出している。そしてテレビ朝日や朝日放送などに入社。今や押しも押されぬ局の看板社員として活躍中である。

昨日、東京での初戦が行われ、見事に参加138組中16組に入り、第1回戦を突破。11月初頭に行われる第2回戦に進むこととなった。お笑いブームのピークは過ぎたと言われているが、参加人数は毎年増え続けており、今年は4000組を超えることは間違いないだろう。

お笑いの舞台に立つことと就職活動の面接は、よく似ている。短時間で評価されるため、強烈なインパクトを残さなければならない。また「緊張するな」と言われても平常心で臨むのは難しい。そんな中を勝ち抜くためには練習が不可欠だ。慣れていくしかない。

M1の3回戦まで進むような人たちは、同じネタを1000回以上繰り返し練習している。同じく就職活動で内定をもらえる人たちは、自分の言っていることに飽きてくるまで面接練習を行っている。まさに血の滲むような努力である。

そこまでしなければ3回戦に進めないのか。内定がもらえないのか。いや、中には運だけで内定がもらえてしまった人がいるかもしれない。要領よく切り抜けられた人もいるだろう。しかし人生、最後まで運で何とかなるほど甘いものだとは思わない。

偉業を成し遂げた人のインタビューで「私は運がよかった」「強運の持ち主です」という言葉を耳にすることがある。おそらく謙遜半分、本音半分だろうが、彼らに共通することは

陰で他人の何倍もの努力をしていた  という事実である。

あと1ヶ月もすれば日テレを皮切りに、就職活動が本格稼動する。みんなが一斉に動き出す前に、どれだけのマージンを築いておくか。また余裕を持って挑める状態にしておけるか。大事なことである。今は景気がいいから、何とかなるだろうという甘えは禁物だ。

秋試験を受験している人たちは、そろそろ正念場に差し掛かっている。現実の厳しさを嫌と言うほど目にしてきたはずだ。驕ることなく真摯な態度で明日の毎日新聞社、NHKの試験に挑んでほしい。健闘をお祈りする。
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2007年07月27日

選挙は、オリンピックではない。

7月29日は参議院選挙。結果は、おおかた予測がつく。こんな馬鹿げた選挙について、評論家気取りで、ああだ、こうだとは言いたくない。だから、あえて選挙前に一言述べておく。

マスコミで働いている人たちは、一体何がしたいの?

自民党の揚げ足ばかり取って、民主党圧勝の参院選と報じまくる。そんな茶番劇に付き合わされる国民は、たまったもんじゃない。前回の衆院選では小泉劇場と、さんざん持ち上げ、形勢不利と見るや、一斉にこき下ろす。いじめの構図、そのものだ。

年金問題対策、憲法改正議論、教育改革。どれを取っても自民党のやっていることはお粗末極まりない。しかし代わりに民主党がしたのか。机上の空論をでっち上げるだけなら誰にでもできる。守られたことのないマニフェストなんて、何の意味も持たない。

国民の政治に対する関心は年々薄れている。政治家に対する不審は募るばかりだ。「選挙に行こう」と呪文のように唱えるのではなく、何のための選挙なのか、なぜ選挙に行くべきか。マスコミは、そのことを国民に真剣に説明する義務がある。

青春時代に貧困を経験した50代、60代にとって、裕福な暮らしをすることは最重要課題だった。先立つものは、まずお金。その考え方が染み付いてしまったのはしかたがないことである。しかし生まれたときからモノが溢れ、贅沢に慣れ親しんできた若者にとって、お金は快楽を手に入れるための手段であって、一番大切なものではない。

彼らが心底求めているものは生き方の手本であり、目指すべき目標であり、精神的充足感である。それを身を持って教えていくのが大人の役目であり、マスコミが本来果たすべき役割である。それを履き違えている大人やマスコミの責任は極めて大きいと思う。

このような愚痴を、私がいくらこぼしたところで社会は一向によくならない。自分の役割をまっとうするしかない。そして、私の考えに賛同してくれた若者たちが、自分たちの未来を少しでもよくしていこうと奮起してくれることに期待するしかない。

政治家に任せていても、この国は何も変わらない。誰かが何かしてくれるのを待っていても、誰も何もしてくれない。自分の手で切り拓き、自らが動いて変えていくしかない。そんなのカッタルイ、メンドクサイ。そう思うなら、やらなければいい。だが、あなたは何のために生きているのか。

いつか訪れる死を指折り数えて待っているだけなら、すでに死んでいるも同然だ。生きている実感がほしければ、それが味わえるようなアクションを起こすべきである。
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2007年07月17日

みんなで支えあおう!

7月16日(月)午前10時13分 新潟県中越沖で推定マグニチュード6.8の大規模地震が発生した。現時点での死者は9名。被害者は12,000名以上に上る。まずは亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方に対してお悔やみを申しあげたい。

ところで2004年末に発生したスマトラ沖地震の救援に元F1レーサーのミハエル=シューマッハが10億円以上の義捐金を送付したニュースは記憶に新しいと思う。それ以外にもビル=ゲイツ、サンドラ=ブロック、スティーブン=スピルバーグ、レオナルド=ディカプリオ、ぺ=ヨンジュン、松井秀喜など各界の著名人が多額の義捐金を送っている。

それだけの稼ぎがあるから出来ること。そう言われてしまえば返す言葉もないが、私たちだって1万、2万であれば送ることは可能なはずだ。果たして集められた義捐金が何に使われているのか疑問だ。その気持ちもわからないではない。しかし、ここは素直に信じて送金しようじゃないか。

私はボランティアは、あまり好きではない。どこかで「してあげている」という上から目線を払拭しきれない気がするからだ。しかし義捐金であれば、いつか自分が同じような被害にあったときの積立金という考え方もできる。普段は他人に対して無関心を装い、自分が被害者になったときだけ他人の施しを期待するのはフェアーじゃない。「情けは他人の為ならず」ではないが、いざというときに自分が助けてもらいたければ、日頃それだけのことを他人にしておくべきだ。

今回の参院選の争点の1つとなっている年金問題にしても、一昔前は「お年寄りを支えるための保険」という触れ込みだったはずだ。それが、いつの間にか「自分が老後に生活していくための積み立て保険」に変わってしまっている。自分に直接関係のないことには無関心という現代人の特徴を反映しての変化だろうが、逆に個人主義を助長させる結果につながっている気がする。

現代人はドライで希薄な人間関係しか築けない。そう嘆く前に、「熱くなるのはダサいこと」という社会の風潮を変えていくべきである。「助け合い」や「寄り添い」は偽善者や弱い者が使う言葉。そんなふうに割り切るのではなく、臆することなく協力しあえるのが日本人のよい点と前向きに捉えよう。

そうそう。今回の中越沖地震に関する義捐金の送付先は、まだ発表になっていないが、郵便局の窓口から手数料無料で送れる。毎月1,000円ずつ小分けにして送ることだってできる。同じお金を使うなら、喜んでいる顔の見える相手に使いたい。そう思う気持ちを抑えて、ささやかな心遣いをしてみよう。きっと、少し得した気分になれるはずだから・・・
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2007年06月14日

他人を幸せにできる人になろう

留学を志半ばにして断念。帰国後待ち受けていたものはカードローン地獄。大して言葉も喋れるようにならず、収穫はステキな外国人とのアバンチュールな思い出と日常生活では使えないスラング。いったい私は駅前に何をしにいったのか?

語学学校の杜撰経営は、今に始まったことではない。これまでにも幾多もの学校が出来ては消えを繰り返している。突然、跡形もなく姿を消し、受講生は連絡すら取れない。前払いした100万円はローンに形を変えただけ。これって、もしかしたら新種のローン詐欺では・・・

経営者は何のためにビジネスを始めようとしたのか。そして社員は、なぜ入社しようとしたのか。全員が金儲けという1点で目的が一致していると言われたら、それまでだが、自分が金銭的に豊かになるためであれば他人のことなど、どうでもいいと言うのか。

人間誰しも幸せになりたいという共通認識を持っている。だが自分が幸せになるために他人を不幸に陥れてもいいのか。それは違うはずだ。皆が自分の幸せだけを願うから、世の中の秩序が乱れる。まずは他人の幸せを第一に考えてみては、どうだろうか?

どうしたら他人を幸せにできるのか。それを考えて日々行動していれば、必ず誰かしらから幸せのお裾分けが返ってくる。それを期待して自分の利益にならないことをやれと言うのか! まさしく、その通りである。損して徳取れの精神だ。

しかし、あからさまに見返りを期待してはいけない。無償の愛こそが、自分がもっとも幸せになれる最高の手段である。嫌いな人に無償の愛を提供できるのか。できなければ好きな人を探せばいい。嫌いな人を好きになる努力をすればいい。

他人を信じるのは勇気の要ることだ。だが、こちらが信じていないのに、相手が信じてくれようか。1回だけなら騙されてもいい。その覚悟で他人を信じてみることが必要だ。本当に騙されて傷つくことがあるかもしれない。それでもいいじゃないか。

傷ついた分だけ人間的に大人になれる。そして、また傷つくことに対する免疫ができる。だからTNSは会費後払いでもまったく構わない。学生時代はお金がなくても、いつか払ってくれることを信じているからだ。きっと相手も、そう考えているに違いない。

信頼関係は、そうして作られていくものだと思う。他人を騙して自分だけおいしい思いをしようとすると、いつか報いがやってくる。そのとき周囲は助けてくれない。自業自得だ。

今の世の中、人間関係が希薄になっていると言われている。私は、必ずしもそうは思わない。希薄な関係を望んでいるからこそ、どんどん希薄になっていくのだ。私は常に濃厚な関係を築こうと心がけている。ときには、それがウザイと思われようが(笑)
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2007年05月31日

内定獲得 おめでとうございます

今年も、ほぼ就職戦線は終了した。売り手市場と叫ばれているわりには、マスコミはそれほどでもなかった気がする。その中で、TNS受講生はよく善戦したな〜と改めて思う。内定をいただいた皆さん、おめでとうございます。近々、内定者祝勝会を行いましょう。

さて、以前お世話になったことのあるマスコミ予備校最大手の早稲田マスコミセミナーが33年の歴史に幕をおろすこととなる。大日本印刷に引き継がれるため学校自体はなくならないが、事実上の倒産と言ってもおかしくないだろう。

少しだけの時期ではあるが働かせていただいた場所がなくなるのは淋しいことである。経営者の成川豊彦氏とセミナー長の大熊明俊氏には心から感謝している。今の私の礎を築いてくださったことは間違いないからだ。

経営のまずさや受講料の高さが納得できず、最後までお世話になることができなかったが、このような形になってしまうと、たとえどれだけ言い争おうが、最後まで自分の意見を主張すべきだったのではと多少の後悔が残る。

1974年に会社を設立し、30年余で社員300人強、売上50億円以上の企業に育てあげたことは尊敬に値する。自分には、とても真似できない偉業である。それに比べたら、私なぞはひよっこ同然、足下にも及ばない。

今からどれだけがんばっても、そこまで行けるとは思わない。その前に、行こうとも思わないのだが・・・ 彼らから学んだことは多々ある。それを今に生かしている。ある種、反面教師としてであるのだが(笑)

会社は利益追求の場である。だからこそ、できるだけ儲けて会社を大きくし、儲かった部分を税金という形で社会に還元する。それが従来のスタンスであろう。しかし、私は身近な人に還元したいと考えている。

卒業生からいただいたお金で利益の出た分は、在校生に還元し、その分、受講料を安くする。そうすることで、少しでも安心して通いやすい場所にする。と同時に、受講料の支払を最大初ボーナスまで待ち、学生の生活を脅かさないようにする。

逆に、そうすることでお互いに信頼関係も生まれ、卒業後も人間関係を継続することができる。また嬉しいことに卒業生が同じ意志を受け継いでくださり、何の見返りも期待せずに後輩の面倒を見てくださる。そのことには本当に頭の下がる思いだ。

このようにしてお互いのネットワークができつつある。まさにTogether Network Serviceの実践である。自分のやりたいと思ったことが、少しずつ形になってきている気がする。

夢は、すぐには叶わない。そこまでの道のりは長く苦しいものに違いない。しかし諦めなければ、いつか夢は現実に変わる。その前に、夢は明確な目標となり、その目標を達成するための現実的なプランを描けるようになるのだ。

先日、ZARDの坂井泉水さんが亡くなられた。闘病生活をしていただけに不慮の事故は残念でならない。彼女は自身の曲の中で「負けないで」と歌った。まさしく、それを自分が実践しようとしていた矢先の出来事だけの残念でならない。ご冥福をお祈りする。

彼女の曲に勇気をもらって、もう一度がんばろうと奮起した人も多いはずだ。諦めたら、その瞬間に夢はついえる。そう言えば、以前に「負けないこと 逃げ出さないこと 諦めないこと それが大事」と歌ったグループがいたな〜 いったい彼らは、どこへ行ってしまったのだろう(笑)
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